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zoom RSS 魔女の住まう森 7

<<   作成日時 : 2012/09/29 11:21   >>

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「まき割り場は、台所のドアから外に出て、ちょっと右に行った辺りだよ。斧や丸太があるからすぐにわかるさ」

老婆は、相変わらず安楽椅子から動かぬまま、まき割り場がどこにあるか尋ねたピートにそう答えた。
それだけなら、ピートは特に何とも思わなかっただろう。
だが老婆は一言、こう付け足したのだ。

「そうそう、家の裏には行くんじゃないよ。あそこには底なし沼があって、危ないからね」

――ごく常識的に考えれば、危険だから教えてくれるのだろう。
しかしピートは「はい」と答えながら、素直に飲み込めないでいた。
何か隠しているのかもしれない、という思いがぬぐい切れないのだ。

(……確かめないと)

ピートは息を詰めながら、ひっそりと決意した。

外に出たピートは、右回りにゆっくりと歩き出した。
じゃが芋の植わった畑、井戸の脇を通り過ぎ、まだ見ぬ方へと。
やがて、老婆の言う通り、まき割り場とおぼしき場所へ出た。
まき割りの時に台として使っているらしい切り株と、そこに立てかけられた斧。
屋根の下には、まき用の丸太が小高く積まれている。

ピートはそれらを無視して、また歩く。
彼の視線は、家の壁に向けられている。

家の裏側にあるのを確かめるのもそうだが、もう一つ探したい物があるのだ。
それは台所の、鍵のかかったドアの向こうにあるだろう部屋の窓。
窓があるなら、老婆に開けろと交渉するまでもなく、そこから中を覗けば良い。

しかし、ピートの思惑は外れてしまった。
窓――それこそ明かり取りのため高い位置にある小さな窓さえも――壁にはなかったのである。

(そんな……)

ピートは立ち止まり、考え込む。

家の奥行きと台所の広さを差っ引くと、どうしてもスペースが余る。
やはり不自然だ。部屋がないということはあり得ないだろう。

これが何を意味するか。
窓のない部屋がある、ということだ。

窓のない部屋、というものに、ピートは良い記憶がない。
故郷の家にはなかったが、おじの家にはもあったもの。
普通、そういった部屋は物置き場所として使用される。
……だが、ピートの記憶にあるそれは、意図せず彼らの気に食わない態度を取ってしまった自分を「懲らしめる」ために閉じ込める空間というでしかない。

かび臭さ。ほこりっぽさ。夏場のじめじめとした蒸し暑さ。床から冷たさがはい上ってくる真冬の空気の冷たさ。
ピートはその記憶を思い出しそうになり、ぎゅっと拳を握った。
手の平に食い込む爪の感触が、ピートの意識を現在に引き戻す。

(もう終わったんだ。ここにおじさん達はいないんだ)

――そう、あの家からは逃げ出したのだから。

ため息をつき、拳をほどく。
とにかく窓がない以上、おそらくあるだろう部屋の中をうかがうことはできない。
ピートはあきらめ、家の裏側を目指すことにした。

先に進むにしたがい、だんだん地面がぬかるんできた。
この角を曲がれば家の裏側、という所まで来ると、地面のぬかるみはますますひどくなり、足跡が残るほどだった。
本当に、底なし沼があるだけなのだろうか。
ピートは家の壁に手をかけ、そろそろと向こう側を覗き込む。

家の裏側は、ぬかるんだ黒土が広がるばかりだった。
花はおろか雑草の一本も生えておらず、不気味なほど静まり返っている。
老婆の言っていた「底なし沼」は見当たらない。
代わりに、ちょうど人の背丈ほどの、妙にねじれた木々が生えていた。

いよいよもって、老婆への不信感が増す。
ありもしない底なし沼の存在を持ち出し、家の裏側へ行くなと言ったのは何故なのだろう。

(何か、隠してるんだ。絶対に)

それも、他人に知られてはまずい種類のものを。

それにしても、ねじれ方だけではなく、枝の生え方や葉の茂り具合まで変わった木々である。
一つとして似た形の木はなく、枝までねじれて上を向いているものもある。
強い風の吹く場所や、邪魔になる物があったり、あるいは折れても尚成長を続けた場合、木は妙なねじれ方をするという。
しかしここは風もなければ邪魔になるような物もなく、すくすくと成長できそうな場所だ。
例え途中で折れたのだとしても、一本ぐらいはまっすぐに育っていてもおかしくはないはずである。

一体何の木だろう、と近付いてみたところで、ピートの足がぴたりと止まった。
無意識のうちに、足が止まっていたのだ。
その木の幹や枝の形が、見慣れたもの……人間の容姿によく似ていると気付いてしまったから。
泣き叫び、わめき、嘆き――もがき苦しむ姿に。

(何だろう、これ……)

途端に、辺りの風景が一変して見えた。
ぬかるむ地面にまばらに木の生えた寂しい風景から、すなわち、苦痛にあえぐ人間の木製のオブジェを並べた、悪趣味な空間へと。

ざあっ……と、吹き付けて来た一陣の風が、木の葉を、枝を揺らす。
木の葉のこすれ合う音と、枝の間をすり抜ける風音が、まるで叫び声を上げているように聞こえる。
気のせいだ、ただ風が吹いているだけだと自分に言い聞かせてみるが、まるで効果は無い。
足元の地面のぬかるみさえ、自分を捕らえる何かのように思える。

こんな場所に長居したくない。
ピートは一、二歩後ずさると、くるりと後ろを向いてその場を逃げ出した。

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