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zoom RSS 魔女の住まう森 6

<<   作成日時 : 2012/09/22 11:45   >>

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にわとり小屋の掃除を終え、ピートは伸びをした。
外に出したにわとり達にはしばらく日光浴をさせ、頃合を見て小屋に戻せばいいだろう。

「おっ、掃除終わったのか。いやあ、ご苦労、ご苦労」

竹ほうきを元の場所に戻したところへ、クックが近寄ってくる。
「やっぱり家はきれいなのが一番だな」と何やらうなずいている。
ピートはあいまいにうなずき返し、産み落とされていた玉子を拾ってポケットにしまいこんだ。

「あのよ、いっつも思うんだが」

そこへ、クックが声をかけてきた。
何となくぎくりとしてピートは見つめ返す。

「何?」
「その白くて丸いやつだけどな。それって何に使うんだ?」

白い羽でポケットを指される。
玉子のことを言っているようだ。

「え、ええと」

食べるんだよ、とはちょっと答えづらいピートである。
玉子というのは、人間で言うところの……と考えると、もう玉子を食べられなくなりそうだ。

「ばばあに聞いても『余計なこと聞くな』の一点張りでよ。で、何に使ってんだ」
「その……いろいろ、だよ」

嘘を言うのも嫌だが、正直に言うのは、はばかられる。
ピートは迷った末、ごまかすことにした。

「いろいろ?」
「うん。本当に、いろんなことに使ってるんだ。いつも助かってるよ」

玉子を使う料理は様々あることだし、嘘ではない。
だが、正しい答えというわけでもない。
罪悪感で胸がちくりと痛む。

「そうか。まあ無駄になってねえんなら良いんだ。あれを出すの、結構辛いらしくてよ。大事に使ってくれ」

クックはくちばしを大きく開け、羽を広げる。
おそらく人間でいうと、にかっと笑った顔なのだろう。

「う、うん」

(ごめんね、クック)

今後、玉子料理の見方が変わりそうなピートだった。


家に戻ると、相変わらず老婆は安楽椅子に腰掛けていた。

「終わったようだね。玉子をお出し」

ピートはそっと玉子を差し出す。
転んで割ったりしないよう、大事に運んだ二つの玉子。
老婆はピートが差し出した玉子を見て、ふうんとあごを突き出した。

「昼食はそいつで何か作っておくれ。ああ、でもゆで玉子はよしとくれよ。あれはあんまり好きじゃなくってねえ」

老婆がしみじみとした口調で告げる。
ゆで玉子以外でというと、無難なところではオムレツだろうか。あるいは何かとからめて焼くか。
ピートが手の中の玉子を見る目は、以前よりも真剣である。

「それじゃ、次はまき割りをしておくれ。昼食の支度はその後で良いから」
「はい」

それなら、玉子を置いていかなければ。
ピートは台所に行こうと、左のドアを開ける。

「そうだ。まき割りの前に、朝の残りを食って片付けておくれ。あたしゃ、残り物なんて食わないから」

その背中に、老婆が声をかけてくる。

「え……」

ピートは少々面食らった。
ベッドを貸してもらった上、メグの治療もしてもらうのだ。
対価として、金銭のない自分には、ひたすら労働で返すほかない。
その立場で、まともな食事が与えられるとは思っていなかった。

「なんだい、食いたくなきゃ別にいいんだよ。畑にでも捨ててきな」

老婆はそっけなく告げ、安楽椅子の背もたれに身を預けて目を閉じる。

(案外、優しい人なのかな)

そう、ちょっと口が悪いだけで、性根は案外そうなのかもしれない。
ほんの一瞬浮かんだ考え。
しかし、ピートは即座にそれを捨てた。
他人の言動に、いちいち優しさを見出さない――ピートが身に着けた処世術の一つである。
むやみに傷つくのを避けるために。

言葉の裏はともかくとして、今の老婆は機嫌が悪くないということだけは確かだ。
今なら、メグがどこにいるのか聞き出せるかもしれない。

「あの……」

ピートは振り返り、おずおずと声を上げた。
閉じた目を開け、老婆がこちらを見る。

「メグは、どうしてますか?」

メグの居場所を聞きたいはずなのに、出てきた言葉はどこかずれたものだった。
聞きたいこと、言いたいことをずばりと口にする勇気は、ピートの中から想像以上に失われていた。

「あの子なら手当てして、ベッドに寝かせてあるよ。ただ、熱が出てきたからねえ。目が覚めるまで安静にしておいた方がいい」
「……顔を見るのも、だめ、ですか?」

弱々しい口調で食い下がると、老婆の目つきに変化が起きた。
こちらの心を見透かすかのように、じろりと目を向けてくるのだ。
機嫌を損ねた――それを見て悟り、ピートは怯む。

「駄目に決まってるだろ。あの子はとにかく弱ってるんだ、そっと寝かせておやり」
「す、すみません」

老婆の声に不機嫌さが混じっている。
ピートは体が強張るのを感じた。
そうさせたのは――まぎれもない恐怖。
失敗した。間違いを犯した。人の機嫌を損ねてしまった。
様々な感情が、ぐるぐると頭の中をかき混ぜる。

「あんたは余計な事考えないで、言われた通り用事をこなしてな。妹のことは、あたしに任せておけばいい。それとも何かい、あたしのことが信用できないって言うのかい?」
「そんな事は……」

ならば、台所の食器棚の後ろにあったドアは何なのだ。
この家には、右の部屋に行くドア以外、どこへ続くか不明なものはあのドア以外に無い。
他のドアより頑丈そうで、鍵のかかったドア以外は。
おそらくメグはその向こうにいる。
どうして、そんなことをする必要があるのだろう。
怪我をした幼い女の子を、まるで――閉じ込めておくかのようなことを。

だが、ピートにはそれを率直に告げる勇気がない。
そんなことをした後にどんな仕打ちが待ち受けているかと想像すると、追求したいという気持ちが強くぐらついてしまうのだ。
開き直ることも、怒鳴り声を張り上げて押し通す覚悟もない。
こんな事態になると、どうにかして怒りを納めてもらおうという、逃げ出す方向に意識が向いてしまう。

「とにかく心配いらないよ。さあ、まだまだ仕事はあるんだ。さっさと片付けてきておくれ」
「……はい」

老婆は不機嫌さをにじませた声のまま、犬でも追い払うように片手を振った。
一度萎縮した気持ちを奮い立たせるのは困難だ。
ピートは問いただすのをあきらめ、小さくうなずき、台所へ行くより他になかった。
そんな自分への自己嫌悪を引きずりながら。

朝作ったパンはなくなっていて、干し魚とじゃがいものスープは、最後に見た時よりも減っていた。
ピートの出かけた後で老婆が自分でおかわりしたか、あるいは……もしかしたら、メグに運んでくれたのかもしれない。
後者であることを願いつつ、ピートは鍋をかまどから下ろし、テーブルに置いた。
どのみち自分一人で食べるのだし、洗い物が増えても面倒だ。
ピートは鍋から直接食べることにして、木のスプーンを探し出し、もそもそと食べ始めた。
台所には椅子がないので、立ったままでの食事である。
ぬるくなったスープの表面には白い油が浮き、半端に冷めたじゃがいもが崩れて鍋底にたまっている。
それでも、美味しかった。
おじの家にいる間食べていた物を思い出せば、ずっと上等な食事だった。

「……っ」

食べているうちに、目の前がにじんでよく見えなくなってきた。
涙を袖口でぬぐい、干し魚をすくって口に運ぶ。

疑問を突きつけることのできない不甲斐無さ。
相手が怒ると身動きすら取れなくなる弱さ。
こみ上げる自己嫌悪が、胸をしめつける。
かみ砕いた干し魚を飲み込むのさえ、辛い。

「……ぐ、うっ……」

じゃがいもをほお張り、また袖口で涙をぬぐう。

どうか、口こそ悪いものの、ただの親切な老婆だったという話であってほしい。
それなら、自分が疑り深いくせに臆病で嫌な奴というだけで済むのだ。

干し魚とじゃがいものスープは、味見した時よりもずっとしょっぱい味わいだった。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
魔女さんは濃い味がお好みのよです。

老獪にちがいない魔女を相手に、ピートはよくやっていると思います。少しずつ駆け引きの経験を積んで、いつの間にか駆け引きの名手になるかも。

ついでに魔法の技もいくつかモノにしたりして。

でもきっと、いつまでもこの穏やかなリズムが続くわけではないんでしょうね。
路傍の石
2012/09/22 17:58
マジレスすると、それはきっと涙の味。<濃い味
でも、お年寄りを気遣って薄味にしてあげると、文句を言われるのが定め。

駆け引きの名手ですか。
ピートに思わぬ展望がひらけました。
おっしゃる通り、ピートはよくやってますよね。
両親を亡くすわ、おじの所でひどい目に遭うわ、こんな境遇だったら普通グレるか精神歪むかどっちかですよ。
そういうキャラにして書いてるのは私ですが。
魔法の取得は全く考えてませんでした。
えへへ、そのネタキープさせていただきます。

物語は、そろそろ恐ろしい方向に持っていくところです。
また来週をお楽しみに。
鈴藤 由愛
2012/09/22 18:31
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