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zoom RSS 魔女の住まう森 3

<<   作成日時 : 2012/09/01 09:11   >>

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明かりに導かれて歩いた先には、古い家があった。
門は壊れ、家を囲む木の柵は朽ち、折れたり割れたりしている部分が目立つ。
家の周りは伸びた雑草で覆われ、もう何年も手入れなどされていないことがうかがえる。
一目見ただけでは、とても人の住んでいるようには見えない。
まったくの無人の廃屋、というのが、大方の人間の抱く印象だろう。

(本当に、ここに誰か住んでいるのかな)

少年は不安に思った。
人間を食らう怪物か、取り殺す幽霊が住んでいていると言われたほうがまだ信じられそうだ。
好んで足を踏み入れたくなるような場所ではないが、明かりがその家の中へと入っていくのだから仕方ない。
幽霊だろうと怪物だろうと、荒れ狂うおじよりはまし、と己に言い聞かせ、少年は明かりの後に着いて行く。

一歩足を踏み入れた途端、少年は面食らって立ち止まった。
先ほど、外から見たのとは全く違う光景が広がっていたからである。

荒れ放題に見えた庭は、よく手入れされたものに変わっていた。
家に続く小道のそばを赤や黄色の可憐な花が彩り、夜風に吹かれて甘い匂いを放っている。
朽ちた木の柵は緑の生垣に、壊れた門は花を咲かせる植物で覆われた物に変わっている。
こうして見ると、ただの古い家もがらりと雰囲気が変わって見えるのだから不思議だ。
まるで夢でも見ているかのような変貌ぶりである。

あまりの変わりように少年がきょろきょろしていると、その片隅にある小屋が目についた。
鼻先にかすめる匂いで、にわとり小屋とわかる。
声の主が言っていた「家のこと」には、にわとりの世話も含まれているのだろう。

「何をきょろきょろしてるんだい。ついておいで」

老婆の声で、
やがて少年が家の前へ着くと、迎え入れるかのように扉がひとりでに開いた。

「来たね。さあ、早くお入り」

明かりからではなく、家の中からあの老婆の声がする。
一体どんな老婆が待ち受けているのだろうか。
少年は緊張した面持ちで、扉の中へと身をすべりこませた。

家の中は小奇麗にされていた。
装飾品は一切ないが、必要な調度品は全てそろっており、掃除も行き届いている。
その部屋の中に、声の主はいた。
暖炉の前で、安楽椅子に腰掛けている老婆。
その姿を見とめて、少年はきゅっと表情を引きしめる。
頭には赤いスカーフをかぶり、白く長い髪を垂らした、わし鼻で眼光の鋭いしわくちゃな老婆。
「魔女」――それが、老婆に対する少年の第一印象だった。

「あの……あなたが」
「そうさ。さっきの明かりの主だよ」

老婆は立ち上がると、少年の方に近寄ってくる。
同時にばたんと後ろの扉が閉まり、驚いて飛び上がりそうになった。

「さっき話した通り、ベッドを貸してやる。こっちに来な」

老婆は部屋の左右にあるドアのうち、右の方を開けた。
そこはベッドとたんすがあるだけの狭い部屋で、窓の木戸のすき間から月明かりが差し込んでいる。
今は眠れるなら何でもいい、と少年がメグを寝かせようとすると、老婆が止めに入った。

「そっちの女の子は、あたしによこしな」
「えっ?」

言葉の真意を量りかね、少年の体が強張る。

「傷を治してやるって言ってるんだよ。跡が残ったら、嫁に行けなくなっちまうだろ」

そういうことか、とほっとしたのもつかの間、今度は別のことが気にかかる。

「どうして、そこまでしてくれるんですか?」

老婆にしてみれば、自分達など厄介者だ。
それなのにベッドを貸してもらえるだけではなくけがの治療もするなどと、親切にもほどがある。
何か裏があるのでは、と勘ぐってしまうのは、少年が特に疑り深い性格だからというわけでもないだろう。

「裏があるんじゃ、なんて思ってるんだね」

少年は黙り込んだ。
バカ正直に「そうだ」などと答えれば不興を買うだろう。
しかし、「違う」と嘘をつこうにも、ごまかしきれる自信がない。
そうなれば答える言葉など何も浮かばず、黙り込むしかないのだ。
それもそれで相手をいら立たせてしまう、とはわかっているのだが。

「まあ、あたしだってあんたの立場なら同じ事を思うだろうよ」

老婆はメグの頭に手を触れ、そっと息をつく。

「そうだねえ、言ってみりゃあ『ほどこし』だよ。あんた達のことがかわいそうで、哀れんでるのさ」

少年は、唇をかんだ。
かわいそう、なんて言葉は今までも言われてきたことだ。
だが、皆そう言うだけで実際に手を差し伸べてはくれなかった。
しょせん、かわいそうなんてのは口先だけ。他人を哀れむ自分に酔っているだけの言葉だ。
言われた側の惨めさなど、みじんも理解してはいない――。

「哀れみなんてまっぴらごめん、なんて意地張ってる場合かい?」

しかし、すぐに眼光するどく見つめられて目をそらす。

「受け取れるもんなら何でも受け取りな。つまらない意地を張ってると、あんたも妹も野たれ死ぬよ。そんな場合じゃないことぐらい、わかるだろ」

少年は何も言い返せなかった。
確かに、金も食料もない今は誰かの手にすがらなければ生きていけない状況だ。

「まあ、安心おし。明日はこき使ってやるから、ほどこしてもらってるなんて気分にもなりゃしないだろうさ」

老婆はメグを抱き上げる。
その老体に似合わず、結構な力持ちのようだ。

「ところで、あんたと、この子。名前は何っていうんだい?」
「僕は……ピートです。その子は妹で、メグっていいます」

久々に口に出した名前は、実にたどたどしい発音でつづられた。

「なるほど、ピートにメグね。覚えておこう。それじゃあ明日は覚悟しておきな」

ぱたん、とドアが閉められる。
たちまち暗くなった部屋の中で、少年――ピートはベッドに倒れこんだ。
鉛のように疲れきった体に、安堵感は湧いてこない。
あるのは、ひたすらな惨めさだ。

「受け取れるもんなら何でも受け取りな」……確かに老婆の言う通りだ。
ごちゃごちゃ言っていたら生きていけない。今は、何にでもすがりつかなければならない時なのだ。
生きていたければ。死にたくなければ。
だが……頭で理解していても、惨めな気持ちが湧いてくるのを止めることはできなかった。

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