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zoom RSS 少年は少女の手を引いて行く

<<   作成日時 : 2012/08/11 09:53   >>

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荒廃しきった世界のあるところに、高い塔に捕らわれた女の子がいました。
つるりとした塔の壁に、入り口は見当たりません。
窓がたった一つ、高い高い塔のてっぺんあたりにあるだけです。
その窓から、女の子は毎日外を見つめていました。
女の子の存在は周囲に知られていましたが、彼女の正体や塔に捕らわれた理由を知る人はいませんでした。

「きっと、悪い奴に捕まって、閉じ込められちゃったんだ」

一人の男の子が、そんな女の子に恋をしました。
窓から外を見る姿が悲しげで、彼の胸をしめつけるのです。
会ってみたい。話をしてみたい。触れ合いたい。
男の子の思いは、日に日に募っていくばかり。
塔から助け出してあげたいと思いを募らせていました。

ですが、塔の周りには銃を持った見張りが二人いて、なかなか近寄ることもできません。
不用意に近寄れば、撃たれてしまうことでしょう。
男の子は歯がゆい思いをしていました。

そんな男の子の元へ、一人の青年がやってきました。

「君、あの女の子が好きなのかい? 外へ逃がしてやりたいと思っているのかい?」

男の子が力強くうなずくと、青年は見張りをどうにかしてやろうと言いました。

「夜になったら、塔の入り口を開けておくからね。そこから入るといい。中の階段をひたすら上れば、あの子のところへ行けるよ」

階段を登るのは大変だろうけどね、と青年は少し意地悪げに笑いましたが、男の子の決意は揺らぎませんでした。

そうして、その時がやってきました。
夜になって塔に向かうと、つるりとした塔の壁に、細くすき間が開いています。
手をかけてみると、すき間は人一人が通れるほどの幅に広がりました。
そこからのぞいた塔の中身は、階段がらせん状についているだけで、空っぽでした。
これを上がりきれば、あの女の子に会える――男の子は階段をかけ上がりました。
息が上がっても、太ももが痛くなっても、女の子のことを考えれば耐えることができました。
まだ見ぬ女の子の笑顔を思い描くだけで、不思議と力が湧いてくるのです。
「今の僕には、できないことなんてない」と言い切れるほどに。

やがて、長い階段を上りきった彼を祝福するかのように、一枚のドアが現われました。
この向こうにあの女の子がいると思うと、男の子は胸の高鳴りを抑えることができません。
それでも、みっともない姿を見せたくないからと、男の子は呼吸を整えてからドアを開けました。

「あなた、だあれ?」

部屋にいた女の子は、男の子を見て目を丸くしました。
女の子は日に焼けたことが一度もないかのような白い肌と、対照的に黒い髪の持ち主でした。
細い体を、飾り気のない地味なワンピースが包んでいます。

「は、はじめまして」

男の子は、緊張しながらもそう言いました。

「僕、君を助けに来たんだ。だって君、毎日窓から外を見ていたし、外へ出たかったんだろ? でも、悪い奴に閉じ込めれられてたんだろ? だから、助けに来たんだ。外へ行こうよ」
「だめ。わたし、外に出ちゃいけないの」
「どうして。誰がそんなことを言ったの?」
「理由は教えてくれないけど、外に出ると怖い事や悪い事が起きるって、みんなが言うわ」

女の子はふるふると頭を振ります。
男の子は、少し強引に、女の子の手をにぎりました。

「だいじょうぶだよ。僕が守ってあげる。外にはきれいな花や、かわいい小鳥や、楽しい歌や……外にはたくさん、色んなものがあるんだ」
「花?」

女の子の瞳が、きらきらと輝きはじめました。

「外に行けば、本物の花が見られるの? わたし、絵や写真でしか見たことないから、本物を見てみたいってずっと思ってたの」
「じゃあ決まりだね。行こうよ!」

二人は手を取り合って部屋を出ました。
階段を駆け下りる男の子の胸は、幸せな気持ちで満ち溢れています。
長い長い階段をかけ上った疲れは、吹き飛んでいました。

男の子が女の子と共に塔を出ると、あの青年がいました。
青年は男の子と目が合うと、にこりと笑いました。

「うまくいったな」
「ありがとう!」

男の子は笑って手を振ると、少女と微笑みをかわし、駆けて行きました。





「さて……」

二人の姿が見えなくなると、青年は階段の裏側に回りこみました。
そこには、手足を縛られさるぐつわを噛まされた見張りがいました。
後ろに、もう一人の遺体が転がっています。

青年は見張りのさるぐつわを外し、その頬をぶちました。

「やあ、ちょっとおしゃべりしようじゃないか」
「お前……自分が一体何をしたのかわかっているのか!? 彼女は感染者だぞ!」
「知っているさ。だから外へ逃がしたんだ」

うすら笑いを浮かべ、青年は見張りの体をぐりぐりと踏みつけます。

「それで、最後に投薬したのはいつだ?」
「教える気はないっ」
「まあいいか。明日のうちには切れるんだろうし」

今からずっとずっと昔のこと。
世界中で恐ろしい疫病が流行しました。
新種のヘビにかまれた人間から発生した、高熱を出して血をたれ流しながら死ぬという、恐ろしい疫病です。
発症するとまず助かることはなく、特効薬もワクチンなどの有効な治療法もないため、大勢の人が次々に死んでしまいました。
そのため、徹底して感染者を隔離するという方法で人類の全滅を防いだのです。
女の子は、その最後の感染者でした。
感染者が彼女一人になる頃には、症状を押さえ込む薬も開発されていました。
毎日その薬を飲んでいれば、発症せずに済むのです。
以前の疫病対策の残酷さを反省した研究者達による、罪悪感からの延命でした。

「人類は、あの時滅ぶべきだったんだ。あれは、神がくれたチャンスだった」

青年は、やや芝居がかった態度で言いました。

「競争、競争、競争で長いことやってきて、もうとっくに疲れ果てているのに、作り上げた社会システムが競争の放棄を許さない。だから社会の発展だの、人類の進歩だなんて輝かしい言葉でごまかしてる。言い換えたところで、競争なんてのは敵を見つけて全力で排除するだけの話なのに。だから時代を経るごとに好戦的で強欲な奴ほどのさばって、良心と道徳心を持った、敬虔でまじめな奴が痛い目を見るようになった」

見張りはあっけに取られた様子で、唐突に始まった青年の演説を聞いていました。
とはいえ、賛同する気配は全くありませんでしたが。

「人類はもう競争なんて続けられなかった。でも、だからって今さら引っこみもつかなかった。あの疫病は、そんな悲しい人類が愚かな争い以外で歴史を終えられる、チャンスだったんだ」

青年の顔から、うすら笑いが消えました。

「なのに――人類は生き残っちまった。その上、また以前のような競争社会を取り戻そうとしてる。他人を蹴落とす快感が忘れられないらしいな。実に罪深い。人間ってのは救えない連中だよ」

「ごたくを並べるな! 自分を救世主だとでも思っているのか? お前はただのテロリストだ!」

見張りは青年の顔に向かってつばを吐きかけ、ののりしました。
すると青年は顔色一つ変えず手の甲でぐいっと顔をぬぐい、見張りのみぞおちに靴先をめり込ませました。

「テロリスト? おおいに結構だ。人間のための救世主なんて反吐が出るね」

青年は両手を広げて肩をすくめると、床に落ちている物を拾い上げました。
ふだん見張りが持っている銃です。
青年はその銃口を、見張りの額に押し付けました。

「終わりにしなきゃいけないんだ。ふいにしたチャンスを、もう一度掴んでやる」

見張りの顔が、恐怖に引きつります。

「ま、待て! 取り引きしよう、本部に行けば、他にも色々と凶悪なウィルスが」
「そんな時間はないよ。これから、生ある限り彼らの逃避行を手助けするんでね」

青年は何のためらいもなく引き金を引くと、鼻歌まじりにその場を立ち去りました。

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