――考えるよりも先に、体が動いていた。 銃弾を浴びて、私は倒れた。 痛さと熱さが全身を貫いて、私の世界を塗りつぶす。 息苦しくて咳きこむと、目の前に赤い血が飛び散った。 遠くに、銃を抱えて逃げていく兵士の後ろ姿が見える。 ああ、私、あいつに撃たれたんだ。 その私の体を、抱き起こす人がいた。 八年間、ずっと一緒にいた人。 初めて会った時はちっぽけな男の子だったのに、背が伸びた今は別人のよう。 「姉ちゃん!」 そう、彼は私のことをいつもそう呼んでいた。 血の繋がりのない私を。 彼は、道端で死にかけていたのを私が拾って、弟にしたのだ。 あの時の彼は、まるで捨て猫のようだった。 汚れて飢えて、目がしょぼついていた、弱りきっていった。 事情を聞いた人は、みんな私のことを「優しいお人よし」って言う。 こんな戦争中に死にかけた子供を拾うなんて、後で売り飛ばす商人ぐらいのものだから。 だけど、私が拾ったのは、優しさや同情や哀れみからじゃない。 復讐のためだ。 彼じゃない……彼の父親への。 私が生まれ育った村は、彼の父親が指揮していた兵士達に滅ぼされた。 あの男は、村に敵のスパイがいるらしいという情報を鵜呑みにして、みんなを殺した。 ひどい話だ。結局、スパイなんかいなかったのに。 私はたまたま、村外れの麦畑にいたから、見つからずに逃げ出すことができた。 誰が次の王様になるかなんて、私達から見れば遠い世界の話でしかないのに。 それなのに、彼らはそんな理由で国をめちゃくちゃにするほどの戦争をして、私達の生活をぶち壊したのだ。 あの男は、その一方の派閥の犬だった。 犬だから、飼い主の命令を疑いもせずに従うのだ。 人としての判断はしない。 理不尽な理由で殺された村のみんな――父さんや母さん、兄さん達を思うと、悔しくて悲しくてたまらなかった。 もう戻ってこないものを思い返すたび、私は泣いた。 ありふれた、退屈だけど平和な生活を。そこにいた人達を。見慣れた風景を。 ――償いをさせてやらなきゃ、気がすまない。 わびるだけじゃ足りない。 償うというならその命で償え。 私はへどが出るようだけれど、あの男とお近付きになって、油断させてから殺そうと考えた。 使用人としてもぐりこんで、ひたすらおとなしく忠実にしていれば、チャンスはあると思った。 でも、使用人としてもぐりこむ前に、あの男は戦場で死んだ。 後に残されたのは、あの男の妻と幼い息子。 私が一家の姿絵を手に入れた頃には、母子そろって行方不明になっていた。 その二年後だ。彼を道端で偶然見つけたのは。 彼を見つけた後、私は神様に感謝さえした。 あいつの代わりに息子に復讐すればいい、という思し召しだろう、と。 どんな復讐をしてやろうか、彼を見つめながら考えたのを覚えている。 今ここで死ぬまで殴り倒して、罵声を浴びせようか。 それとも少年を愛好する輩に売り飛ばしてやろうか。 でもそうしなかったのは、彼がほとんど死に掛けていたから。 決して、かわいそうだったからじゃない。 すぐに死なれたら、復讐にならない。 それじゃあ、みんなが味わった苦しみの半分も味あわせてやれない。 苦しんで苦しんで苦しんで、苦しみぬいてくれなきゃ復讐にならない。 だから私は、少し時間のかかる復讐を選んだ。 この子を信用させた後、できるだけひどいやり方で裏切って、捨ててやるのだ。 八つ当たりと言われようと、そうしなければ気が済まない。 あいつの息子として生まれたことが運のつきだ。 持っていたお金をつぎこんで、ご飯を食べさせて、きれいにしてやって……優しくしてあげるうちに、彼は私になついた。 復讐のための準備は、一年もしないうちに整った。 あとは、できるだけひどいやり方で裏切って、捨ててやるだけ。 ……でも、「できるだけひどいやり方」は、なかなか思いつかなかった。 私を信用して見上げてくる目や、つないだ手の温かさが、復讐から私を切り離すのだ。 持っていたお金の大半をつぎ込んだのは、復讐のためなのに。 彼があいつの孫でさえなかったら、放っておいたのに。 たとえうわべだけでも、親切になんて絶対にしなかったのに。 結局、私はずるずると、八年間も迷ってしまった。 「しっかりしろ! くそっ、なんで俺なんかかばって……!」 ……かばった……? 誰が? 私が? 誰を? ああ。 今にも泣きそうな彼の顔を見上げているうちに、私はやっと理解した。 私に復讐なんて、しょせん無理だったんだ。 だって私は臆病だから。 誰かに慕われる心地よさを手放したくなかった。 彼を裏切って捨てて、また一人ぼっちになるのが、怖かったのだ。 だから、八年間も迷い続けて――挙句、夢中で彼をかばってしまった。 「あいつらあぁ……殺してやる! 殺してやる殺してやる殺してやる……っうあああああああーーっっ!!」 意識を手放す寸前、私はそんな叫びを聞いた。 |
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あんまり上手く書けなかった |
鈴藤 由愛 2012/07/28 20:25 |
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