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zoom RSS 不思議な杯

<<   作成日時 : 2012/06/23 17:59   >>

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夜中、家に帰る途中の道に露店商がいた。
道端に座って布を広げて、その上に売り物を色々並べていた。
どういうわけか茶碗やおわんや箸だのと、和風食器ばっかり並んでいたが。
夜中だっていうのにまあ、よく物を売る気になるもんだ。
この時間じゃ、せいぜい酔っ払いぐらいしかいないだろうに。

「お一つ、いかがですか」

俺の視線に気付いたのだろう、物売りが声をかけてきた。
見ていただけで、買うつもりは全くないのに。

「い、いや。また今度」
「まあまあ、お客様ぐらいの若い方でしたら、こちらがおすすめですよ」

無難な一言で断ろうとしたら、物売りが漆塗りの杯を差し出してきた。
赤くて大きくて平たくて、日本酒を入れて飲んだらうまそうな気がする。
だけどなあ、俺、日本酒って度数きついからあんまり飲まないんだよなあ。

「俺、日本酒飲まないから」
「実はこの杯、秘密があるんですよ」

物売りは杯を受け取ろうとせず、さらにアピールを始めた。
あきらめないな、こいつ。

「なんと、飲み干した後すぐにまた元通り酒が湧いてくる、不思議な杯でございます」
「そんなバカな」
「かの有名な酒呑童子の持ち物だったとも言われております」

酒呑童子って、あれ実在したか?
それに、そんな杯持っていたって聞いたことないんだが。

「ですが一つだけご注意下さい。この杯で酒を飲むのは必ずお一人の時に限って下さい。回し飲みなんか絶対駄目ですからね」
「で、いくらだよ」

付き合うのがめんどくさくなったので、俺は金額の話に持ち込んだ。
どうせ高いだろうから、それを理由にして断ってしまおう。
それなら引き下がるだろうしな。

「あなた様のお財布にある一番大きなお金を下さい」

俺は財布を開けてみた。
……一番大きな金って、五百円しかないんだが。あと十円とか一円ばっかりだし。

「五百円でいいのかよ」
「結構でございます」

仕方なく五百円を出すと、物売りはにこにこしながら杯を薄紙に包んでよこした。
五百円でいいって、これ偽物なんじゃねえの……?



そんな話を悪友どもとの飲み会でしたら、大ウケだった。
飲み会をしたのは俺の部屋だったので、杯を見せろとせっつかれた。

「んでさあ、これなんだけど」

杯を見せると、おおっとどよめきが起きた。

「これかあ。本当に五百円で買ったのか?」
「なんか高そうだな」
「どうせそれっぽく作った偽物だろ」
「酒が湧くってどういうことなんだろうな」
「なんか特殊な素材とかじゃね?」
「実は酒をちょっと吸い取ってて、飲み干すと吸い取った分が戻ってくるとかさあ」

全員、好き勝手に話し始めた。
酒が入っているから、そりゃもう大きな声でしゃべりまくっている。

「おーし、酒ついで確かめてみようぜ!」

いえーい、とか言い出したので、俺はちょっと慌てた。
確か物売りは「これで酒を飲むのは一人の時にしろ」って言ってたはずだ。
オカルトを信じてるわけじゃないが、注意事項ってのは注意しなきゃいけないからあるんだ。
無視するのはちょっとどうかと思う。

「待て待て待て」
「何だよ」
「酒つぐのは無し。これ一人で飲んでる時しか使っちゃまずいらしいから」

たちまち、ブーイングが起きた。

「何だよつまんねえなあ」
「はっはーん、お前怖いんだろ」
「オカルト野郎!」
「信じちゃってるんでちゅか、かわいいでちゅねー」
「んじゃお前、つまみ無くなったから買ってこいよ!」
「そうだそうだ、軟弱な精神をきたえろー」

なんでそうなる。
ったく、酔っ払いどもめ、好き勝手ぬかしやがって。
まあつまみ買ってくるぐらい、別にいいけどよ。
この中で一番酔ってないのは俺ぐらいのもんだし。

「そんじゃ行って来るけどよ、お前らおとなしくしてろよ」

この騒ぎっぷりじゃあ、お隣さんからの怒りを買いかねない。
俺は悪友どもに釘を刺しつつドアを開けた。

「行ってらっしゃーい!!」

全員、幼稚園児みたいな返事をしやがった。
……駄目だ。絶対わかってない。



つまみを調達して帰ってくると、案の定、隣の部屋の人が俺の部屋の前で仁王立ちしていた。
相当お怒りでいらっしゃるようだ。

「ちょっと! あんたの部屋うるさいよ! 今何時だと思ってんだ、飲み会やりたいんだったら居酒屋かどっかでやってくれ!」
「す、すいません……」
「まったく、若い奴ってのはマナーってもんを知らないから困るんだ」

その時だった。
アパート全体が揺れだしたかと思うと、めきめき、ばりばりとすごい音がし始めたのだ。
地震か!?
思わずしゃがみこんだら、部屋のドアがひしゃげて、中から鋭い爪がのぞいた。

「ひゃーっ!」

隣の部屋の人は飛ぶような勢いで逃げていった。
俺だって逃げ出したかったが、腰が抜けてどうにもならない。

い、一体なんだ? 悪ふざけってレベルじゃねえぞ!

ギギギ……とひしゃげたドアをさらにひん曲げて、中から巨体が現われた。
赤い肌や青い肌やらの、大きな牙と角を持った、ぎょろ目の……それは、絵本なんかで見た鬼そのものの姿をしていた。
違いといえば、トラのパンツじゃなくてジーンズの切れっぱしやトランクスをはいているところだ。
よく見ると初めに出てきた赤い奴は、元通りに酒が湧いてくる杯を持っている。

「あ、ああ、あ、あ、あ」

腰を抜かしている俺をフン、と見下ろすと、鬼達は一歩進むごとにアパートを揺らしながら歩き去ってしまった。
奴らが去っていった後、そーっと部屋をのぞいてみたら、壁も天井も床も傷だらけでめちゃくちゃに荒らされていた。
悪友どもの姿はない。
勇気を出して中に入ってみたが、1Kの部屋のどこにもあいつらはいなかった。
もちろんユニットバスも見た。

アパート全体どころか、近隣一体が大騒ぎになっていくのを遠くに聞きながら、俺は思った。
いなくなった悪友ども。いきなり現われた鬼達。
これをイコールで結んでも、おかしくないんじゃなかろうか。
もしかして、物売りが「回し飲みは絶対するな」って言ったのは、鬼になるから、ってことだったんだろうか。
あいつら、あの杯で回し飲みしちゃったんだろうか。

いやいやいや、そんな非科学的なことが起こってたまるか。
でも、現にあんな鬼がいたし、悪友どもはいないし、襲われたんなら血痕の一つもありそうなもんだが、そんなの見当たらないし……。



――こうして、現代の世の中に鬼が復活してしまった。
奴らは目下、大江山があったという場所を目指しているらしい。

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