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zoom RSS 呪いのわら人形

<<   作成日時 : 2012/05/26 23:49   >>

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世紀末のある時代、爆発的に売れている人形があった。
全てに絶望したという老婦人がわらを編んで作ったらしい、と噂される人形なのだが、それを使って呪いをかけると、とてもよく効くのだ。
呪い方はいたって簡単、わら人形を痛めつけるだけである。
そうすれば呪った相手もわら人形と同じ所にケガをしたり、病気を患ったりするのだそうだ。
ケガや病気の程度は相手への憎しみの強さに影響されるといい、同じように痛めつけたとしても、ケガで済む場合もあれば死に至る場合もある。
以前、浮気癖の治らない亭主に怒り狂い、わら人形をバラバラにした女がいたそうだが、その亭主は列車事故でバラバラ死体になったという。

まさに人心を惑わす代物なのだが、誰も老婦人を魔女だの悪魔だのと言って罵ったり、捕まえようとしたりはしない。

憎たらしい相手がいたらわら人形を買って、痛めつければ良い。
当座の怒りはわら人形を痛めつけることで解消できるし、憎しみが強ければさらに相手に痛い目を見せられるのだ。
こんな便利な道具をどうして手放せようか。

だが、この現状を苦々しく思っている人間が、ごくわずかながらも存在した。
世界を理論や数字で解き明かそうとする、科学者である。
彼は呪いという非科学的な現象を忌み嫌っていた。

「きっと、何かいんちきをしているんだ。化けの皮をはがしてやる」

彼は製作者である老婦人に会いに行こうと決意した。
いんちきである証拠をつかみ、世間に暴露することで人々の目を覚まそう、と考えたのである。
世界は科学によってのみ統治されるべきだ、と彼は考えていた。

老婦人の居場所は巧妙に隠され、わら人形がどこからどうやって街まで運ばれているかもわからない。
科学者は老婦人に熱烈な憧憬を抱いているふりをして、根気良く調べ歩いた。
決意をしてから数年後、ついに科学者は一人の男に行き着いた。

「あんたかい、いろいろかぎまわってる学者先生ってのは」

その男は人形を仕入れるのを仕事にしていた。つまり人形の製作者の居場所を知っているのだ。

「ああ、頼む。わら人形の製作者に会わせてくれないか」
「……いいだろう。だが、条件がある。場所に着くまでは目隠しと耳栓をしてもらおう」

科学者は真実知りたさに、出された条件を受け入れることにした。
かくして科学者は男のトラックに乗せられ、長時間揺られることとなった。

「着いたぜ、先生」

トラックが止まり、目隠しが外される。
科学者はドアを開け、転がるように外へと出た。
そして見た――小さなプレハブ小屋を。
中には人がいるようで、話し声や物音が聞こえてくる。

「こ、ここに件の老婦人が住んでいるのか?」
「まあ入りなよ」

男はプレハブ小屋の引き戸の鍵を開け、中へと入っていく。
その後に続いて入った科学者が見た物は、室内に積まれたダンボールと、大きなテーブルに向かってわらの人形を編む老女達の姿だった。
出来上がったわら人形は袋詰めされ、ダンボールに入れられる。
呪いをかけているような様子は見られない。誰もが淡々と仕事をしているだけだ。

「こ、これは……」
「こんな物はな、ただのわらの人形だよ」

男は科学者に丸椅子を勧め、自分も手近な所にあった椅子を引き寄せて座る。

「この辺りには昔からろくな仕事が無くってな。大きな工場やら何やらを一生懸命誘致してるんだが、どこも良い返事をくれない。それで苦肉の策で、自分達で会社を立ち上げようってことになったんだ」

めぼしい特産品があるわけでもない小さな集落では、そこで昔から作っていた伝統工芸品を作って売るぐらいしか思いつかなかった。
集落の家々で金を出し合い、プレハブ小屋を建てて会社設立と相成ったのである。
しかし、この集落に伝わる伝統工芸は、何の変哲もない単なるわら人形作りのみ。
当然売れるはずもなく、在庫が増える一方だった。
やはり無理だったのだと嘆く意見が出始め、会社をたたもうという話も出た。

「そんな時だったな。うちのわら人形を使って呪うと、抜群の効果があるって噂が出始めたのは」

最初は若者が遊び半分に使っていた。
だが確実に呪いの効果があると知れると、呪いというものに懐疑的だった大人達までもがこっそり手に入れて使い始めるようになった。
男はそれを知ると、わら人形に関する情報をわざと出し惜しみした。
こうした方が話に尾ひれがついて、より価値が出ると考えたのだ。
伝統工芸品を呪いのアイテムとして使われるのは癪だったが、背に腹は変えられない。

「わら人形の製作者の謎は解けた。だが、どうして呪いに抜群の効果があるんだろうか。何か特別なことでもしているのか?」
「何もしちゃいないよ」

男は吐き捨てる。

「だが人間、一日中絶好調ってわけにもいかないだろう。小さな失敗やケガをすることもある。人を呪うほど憎んでる奴は、相手のことをやたらと気にしているはずだからな。相手が失敗したり痛い目にあったりするのを、目撃しやすくなるんじゃないのか。それで、ああ、呪いの効果があったと思い込むんだろう」
「なるほど……もし効果がなかったとしても、憎しみの程度のせいだと思えばいいわけだからな」

言い換えれば「偶然」とか「気のせい」で片付けられるようなケガや不幸を、呪いに関連付けていたというわけだ。
先に上げた浮気性の亭主に関しては、少々事が大きいようだが。

「しかし、どうして教えてくれるつもりになったんだ? 私がここで見たことを世間に暴露するかもしれないだろう」
「そのことだけどな、今日でここを閉めるんだ。人が年寄りばっかりなもんで、集落を解散することになったんだよ。もうわら人形は作らないんだ」

科学者は最期の生産分のわら人形と共に、トラックに乗り込んだ。
再び目隠しと耳栓をしようとすると、男は「もう良い、必要ないだろう」と言った。

「ところで、あなたは今後どうするんだ。わら人形の仕入れ作業がなくなったら、新しい仕事を探さなきゃいけないんじゃないか」

帰り道、科学者はわら人形をいじくりながら尋ねた。
商品にならない出来損ないとやらで、ダッシュボートに置きっぱなしになっていた人形である。

「次の仕事はもう決まっているよ。街にいる妹から、店を手伝って欲しいって言われているんでね」
「それは良かった」
「妹はこの間まで亭主の浮気に泣かされていたんだが、そいつが事故でバラバラになってくたばったんでね。解放されて、せいせいしてるよ」

科学者の、わら人形をいじる手が止まる。
浮気性の亭主。事故でバラバラ。
何か、どこかで聞いた覚えのある話だ。

「もしかして勘付かれるかもと思ってヒヤヒヤしてたんだが、どうやら心配いらなかったようだな」

男の声が、低くなる。
わら人形をいじくっていた指先に、ちくりとした痛み。
見ると、指先から赤い血がにじんでいる。
同時に襲ってくる、猛烈な眠気。

「あいつは俺の可愛い大事な妹を泣かしたクソ野郎だ。言っても言っても聞きやしねえ。せめて別れてくれりゃいいものを、妹のことだって好きだなんてぬかしてやがる。最低な、いけ好かない野郎だった」

男はトラックを止め、ハンドルに突っ伏すような姿勢でくつくつ笑い出した。
科学者は眠気と戦いながら、懸命に事態を理解しようと努めた。
この男、例の浮気性の亭主の妻の兄だったらしい。
しかも発言に不穏な空気が混ざっている。

「だからわら人形に毒針を仕込んで、眠らせて、線路に置き去りにしてやったのさ。あとは列車が始末してくれたよ。誰もが呪いのせいだって思ってくれて、ラッキーだった」

よく見れば、わら人形の体の中に小さな銀色の針が入っている。
先ほどちくりとしたのは、これのせいらしい。
科学者は泥のようになっていく意識を捕まえようと、必死にあがいた。
自分を待ち受けている恐ろしい事態から、逃げ出さなければならないのだ。
だが体が動かない。頭では逃げろと命令しているのだが、指先一つ動かせないのだ。

「呪いの正体を知られるのは、俺は別にかまわないんだが、そうなると妹の事件の方も世間に疑われちまうんでね。厄介なんで死んでもらうよ、先生」

笑いをふくんだ男の声を最期に、科学者の意識は途切れた。

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