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zoom RSS N氏の物語3

<<   作成日時 : 2012/04/30 15:44   >>

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俺は情け無いほど混乱していた。
仕方ないだろう、生まれて初めての遭難に、無人島でのサバイバルまでついてきたんだからな。
何をどうすればいいのか、何から手をつけるのか、さっぱりわからなかったよ。

「ど、どうするんだよ。一生ここにいなくちゃいけないのか?」
「落ち着け。船長だって馬鹿じゃない。おそらく無線で救助を呼んでいるはずだ」

中年男の言葉で、俺は落ち着きを取り戻した。
まるで真っ暗な場所に、一筋の光が差し込んだような、そんな気分だった。
そうだ、希望はあるんだ。
いつか救助は来る。探してくれる。
救命ボートがひっくり返ったところは、皆が見ているはずだ。きっと無視しやしない。
あとは船が沈没した場所から、この無人島があまり離れていないことを祈るのみだ。

「取りあえず、水と食料を探そう」

若い男の提案で、俺達は島の探索をすることになった。
とはいえ、この島の地理も何もわからない以上、うろちょろすると迷って戻れない可能性がある。
だからあまり島の中へ入り込まず、浜辺とその近くだけを歩くことになった。

俺達は実に幸運だった。
いくらも歩かないうちに果物の実る木があちらこちらに見つかり、さらに小さな川の流れる岩場も見つかったんだ。
誰からともなく、川の近くをねぐらにして救助を待とうって話になって、早速たき火を移動させた。
皆でたき火を囲み、俺の右には中年男が、左には若い男が座った。
向かい側には女が座ったが、残った一人の男はたき火に近寄らず、上着に両手を入れて突っ立っていた。
そいつは若い男と同じぐらいの年に見えたんだが、妙な奴だ、と思ったよ。
だって、濡れた衣服が肌に張り付けば寒いだろうに、火に当たろうとしないんだぜ。
よほどの人見知りか、何にでも我関せずを貫く奴なのかって俺は思った。
……とんでもない勘違いだったがな。

「なあ、そういえば、皆まだお互いの名前も知らないよな」

たき火の炎に手をかざしていると、若い男が不意に言った。
てっきり、先に島にいた連中は名乗りあっていると思ったが、そうじゃなかったらしい。

「これから一緒に救助を待つ仲だ。名乗っておいたっていいだろう?」
「そうだな。これも何かの縁だ」

若い男の意見に、中年男が同意する。
俺も異論はなかったから、うなずいた。

「俺はフレデリック。フレッドって呼んでくれ」

若い男がまず、親指で自分を指しながら名乗った。

「私はロバートだ。医者をやっている」
「へえ、お医者様か。頼りになるぜ」

フレッドの言葉に、ロバートと名乗った中年男は少し誇らしげに微笑んだ。
続いて俺が名乗ると、女が「ルーシー」、か細い声で名乗った。
そこで、会話は一旦止まってしまった。
まだ名乗っていないし、名乗ろうとさえしない奴がいたからだ。
俺達は自然と、まだ名乗っていない男に視線を向けていた。

「なあ、お前さんの名前は?」

気を使ってか、ロバートが声をかけた。
すると、そいつは上着から素早く手を抜いた。
途端、パン! と何かの破裂するような音がして、足元の石が爆ぜた。
恐ろしいことに、そいつは拳銃を持っていたんだ!
ロバートも俺ぎょっとして動けなかったし、ルーシーは「ひっ」と怯えて息をのんだ。

「な、何をするんだ!」

ただ一人、フレッドは食ってかかった。
だが、それも銃口を向けられるまでだった。
男はフレッドに銃口を向けると、口の端をゆがめて笑った。

「お前ら、撃ち殺されたくなかったら俺に従え。俺がここでの支配者だ。わかったな」
「何を言ってるんだ。落ち着け、今なら気が動転したせいで妄言を言ったことにできる。銃を下ろすんだ」

すると、男は顔色一つ変えず、拳銃の引き金を引いた。
ほぼ同時に、フレッドがギャッと叫んで飛び跳ね、右足を押さえてうずくまった。
見ると、抑えた部分から血がどくどくと噴き出している。
撃ったんだ。あいつは本当に撃ったんだ。ためらいも躊躇もなく。
あれは事故で精神的に参っての妄言じゃなかったんだ。
撃ち殺すことだって、本当にやりかねない。

「今はかすり傷で許してやるが、次は心臓か頭を撃ち抜く。俺に逆らうな。弾は拳銃に入っている分だけじゃないぞ」

俺は、悲痛なうなり声を上げているフレッドに近寄った。
かすり傷というが、痛くないわけでも、血が流れないわけでもない。
俺にできることといえば、同じく寄って来たロバートに言われるがまま、止血を手伝うのが精一杯だった。

「ルーシーとか言ったな。お前はこっちに来い」

フレッドにかかりきりになっていると、男の声が聞こえてきた。
何のために呼んでいるのか、なんてことは馬鹿だってわかるだろう。
こいつ、とんでもない下種だ。
盗み見ると、ルーシーはぶるぶる震えて青ざめ、小さく頭を振って、精一杯拒否の意思を示していた。
男はそれを見ると舌打ちし、自分から大股に近付いて行った。
逃げろ、そいつから離れるんだ……俺はこの時祈りさえしていた。
だが彼女は怯えきっていて、後ずさることさえしなかった。

「おとなしく来い、この馬鹿女」

男は近寄るなり、ルーシーを平手でぶった。
両手で頭をかばっている彼女の、乱れた髪のすき間から、かみしめられた唇が見えた。
その手をつかんで、男は草木の生い茂る、島の中へと進んで行った。
この時俺が何をしていたかって? 何もしなかったよ。
フレッドにかかりきりになっている振りをしながら、とばっちりが来ないことを祈っていたんだ。
ここで割って入るような勇気も、男をぶちのめせるような腕力も、俺にはなかった。
……ああ、そうだ。拳銃が怖かったんだ。
俺は臆病な腰抜けで、自分の運命を呪うばかりだった。
皆で協力して救助を待たなければならない状況なのに、とんだ疫病神がついてきたもんだ、ってな。

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