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zoom RSS N氏の物語2

<<   作成日時 : 2012/04/29 20:17   >>

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乗り込んだ救命ボートが転覆して、海に投げ出された後のことはよく覚えていない。
板切れか何か、つかまっていられる物を探しているうちに溺れてしまったんだろう。
次に目を覚ました時、俺はどこかの砂浜に打ち上げられていた。
初めは死んであの世に来たんだと思ったが、体中が傷だらけであちこち痛むものだから、嫌でも生きていることを実感したよ。
とにかく最悪な気分だった。
着ている物は海水でぐしゃぐしゃだし、鼻や口は砂だらけだ。おまけに寒くてかなわない。
俺はとりあえず立ち上がったが、ほとんど歩けずに倒れこんだ。
仕方ないさ。あんな嵐の中でもみくちゃにされた挙句、腹ぺこだもんな。
あったかい砂の上に転がって、呼吸を整えながら、俺はふと思い立った。
他に誰かいないんだろうか、ってな。
それで、呼びかけてみることにした。

「おおい! だれか、いるかあ!」

俺は大声で呼びかけたつもりだったが、実際はかすれて弱い声だったんだろうな。
とにかく、返事はなかった。

ああそうか、俺はここで野垂れ死ぬんだな。
俺はあきらめて、目を閉じた。
どうせなら苦しまずに、このまま眠るように死にたかった。
とにかく、もう動くのが億劫になっていたんだな。
そうやって砂の上でうつらうつらしていると、砂を踏んで近寄ってくる足音がしたんだ。
それも一人じゃない、何人かの足音だ。
顔を上げてみると、男が三人、女が一人、俺の前で立ち止まるところだった。
ちょうど逆光で、顔はわからなかったがな。
人恋しさで幻でも見ているのかと思ったが、男がぼそぼそ何かを話し合い、女がちょっと後ずさった後、そうじゃないとわかった。
三人は俺を引きずるようにして砂浜から引き上げると、たき火のそばへ運んで行って、寝かせてくれたんだ。
おかげで体が温まって、俺はようやく一心地ついた。
だから体を起こして、礼を言った。

「助けてくれてありがとう。このまま野垂れ死ぬんだと思っていた」
「別にかまわないよ。困った時はお互い様さ」

そう言って笑ったのは、男三人の中で一番若い、だけど俺よりも年上らしい奴だった。
シャツの下から筋肉の盛り上がりがうっすらわかって、たくましい体つきなんだとわかった。

「ところで、お前はどこから来た。この島の人間か?」

俺に質問をぶつけてきたのは、一番年上らしい、四十代ぐらいの男だった。
中年太りしていて、腹回りにたっぷりと肉をつけていた。
俺はこの男の質問で、自分がいるのが島だと知った。

「いや、乗っていた客船が嵐で沈没して、救命ボートに乗ったんだが、そのボートがひっくり返って……」
「あっ、そういえばあなた、あのボートにいたわね」

女が声を上げる。
何せ非常事態だったから、他人の顔なんて覚えている暇はなかったんだろう。
俺だって彼女を見て気付かなかった。

「これで、完璧に望みは絶たれたな」

はき捨てるように、さっきの若い男が言った。

「望み?」
「この島に住んでいる人間がいるかもしれないっていう望みだ」

俺は、初め、それが何を意味するのかわからなかった。
しばらく若い男を見つめ返し、やがて硬い地面に雨水が染み渡るように事態を理解した。
――つまり、ここは無人島、ということだ!
文化から切り離され、水も食料も寝床も、何もかも自分の手で用意しなくてはならない場所。
俺はその困難さを思い、気が遠くなりかけた。

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