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zoom RSS N氏の物語1

<<   作成日時 : 2012/04/28 21:51   >>

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町を歩いていたら、後ろから誰かに腕をつかまれた。
ぎょっとして振り返ると、そこにいたのは私の古い友人だった。
分厚いコートを着込み、青白い顔をしてやせ細った彼は、まだ二十代だというのにずっと老けて見える。

彼の名は、仮にNとしておこう。
本名をさらすのは忍びない。なぜなら彼はある事件で有名人となり、新聞社につけ回されて町にいられなくなったという経緯があるからだ。
誰かを救助したとか、素晴らしい功績を残したとか、そういう名誉の事件ではない。
かと言って凶悪事件を起こしたというわけでもない。
彼は、六年前に起きた嵐による客船の沈没事故で遭難し、漂着した無人島で二ヶ月あまりを過ごした末、救助されたのだ。
一緒に漂着した人間が全員その島で死んだということから、唯一の生還者として新聞の格好のねたにされたのである。
静かに過ごしたいというNの意思を完全に無視した取材合戦の末、彼は心身共に疲れ果て、町を出たというわけだ。

そのNが、どうしてここに。
私が驚いていると、Nはぽつりと「話がしたい」と告げた。
ちょうど時間があったので了承し、私達はひなびた喫茶店に入った。
そこならこの時間は人がいないし、店主も無口でこちらに関わってこないからだ。
だが、喫茶店の奥のテーブルにつき、それぞれコーヒーを頼み、それが運ばれてきても尚、Mは黙りこくったままだった。
喫茶店にかけられた振り子時計の、カチコチと時を刻む音がやけに大きく響く。
私はため息をついた。
話がしたいと言った方から話し始めるのが筋なのだろうが、沈黙に耐え続けるのは嫌だ。

「久しぶりだな。いつこっちに戻ってきたんだ?」

私は、当たり障りのないことを口にした。

「……昨日だ」
「そうか。どこに住んでる? 実家か?」
「いや。ちょっと戻っただけで、明日にはまた出て行くからな。実家には顔も出していないよ」
「会いに行ってやったらどうだ。親父さん達も喜ぶだろう」

私のその言葉に、初めてNが大きな反応を示した。
眼光鋭く私を見据えたのである。
私は自分が過ちを犯したことに気付いた。
そうだ。新聞社はN自身だけではなく、その家族もしつこく取材していたのだった。
自分の事で迷惑をかけたと考えているなら、実家に顔を出すのもためらわれるだろうに。

「……その、すまない。軽率だった」

私が謝ると、Nは「怒ってはいない」とふいっと顔を背けてしまった。
気まずい。一体どうすれば良いものか。

「なあ」

気まずさからコーヒーをすすっていると、Nが強張った声を上げた。

「俺が今から話すことは、夢物語だと思ってくれ。そして、誰にも口外するな」

私は目を瞬いた。
Nの奴、ひょっとしてその夢物語とやらを聞かせたくて、「話がしたい」などと言ったのだろうか。

「何故?」
「頭のおかしな奴だと思われたくなかったら、そうしろ」
「……わかった」

やれやれ、ようやくNは話をしてくれる気になったようだ。
私はコーヒーカップをソーサーに置き、彼の話を取り合えずは真面目に聞くことにした。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
アルファベットシリーズ初の連載。
GW中毎日更新が目標。
鈴藤 由愛
2012/04/28 21:54
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