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zoom RSS 「愛してるよ、マリー」 6

<<   作成日時 : 2012/03/31 15:29   >>

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どのぐらい、そうやって泣いていたのだろう。
窓の外が突然騒がしくなり、マリーは顔を上げた。
何だろう。
マリーは涙をぬぐい、立ち上がって窓辺に近づく。
夜間な上、二階からではよく見えないが、男とおぼしき三人組が馬に乗って庭を突っ切ってくるところだった。
ずいぶん乱暴な客人だ、と思って見ていると、彼らは何かを一階の部屋に向かって放り込んだ。
がしゃん! と窓の割れる音がして、めらめらと赤い炎が部屋の中に広がっていく。
誰かがその部屋にいたのだろう、悲鳴が上がった。
三人組は他の部屋にも次々同じ物を投げ込むと、馬に鞭を当て、あっという間に庭から逃げ去って行った。
誰の目にも明らかに「放火」と映る一連の行動である。
マリーは驚き、立ち尽くすばかりだった。

「マリー様!」

出し抜けに扉が開けられた。
息せき切って現れたのは、執事である。
マリーはとっさに顔をふせた。
ついさっき、泣いて彼の前から走り去ったばかりなのに、どんな顔をしていいかわからない。

「火事でございます。とりあえずは外へ避難を」

執事はマリーの手をつかみ、足早に部屋を出る。
非常事態に焦っているのか、少々乱暴な扱いだ。
マリーはまだ頭がうまく回らず、されるがままに連れられて歩いた。
一階に降りると、使用人達がわあわあ騒ぎながら火消しと家財道具の運び出しに没頭しているところだった。
どんな道具を使ったのかは不明だが、火の勢いが収まる気配はない。
その騒ぎを遠くに聞きながら、マリーはようやく思い至った。
そうだ。犯人を見たことを伝えなくては。

「あの……私、犯人を見ました。男の人が三人で、馬に乗っていました」
「……さようでございますか」
「でも、顔がわからなかったので……ごめんなさい、役に立てなくて」
「お気になさいませんよう。おそらく犯人は捕まりませんから」

執事は顔色一つ変えず、こちらを一瞥することすらなく答える。

「えっ……?」
「成り上がり者を気に入らぬ連中の、手先でございますよ。以前から中傷する手紙が届いたりはしておりましたが、それだけでは飽き足らなくなったのでしょう」

そんなことがあったとは、全く知らなかった。
マリーは目を丸くした。

執事はマリーを外へ連れ出すと、「こちらにおいで下さいませ」と言い残し、使用人達に指示を与え始めた。
芝生の上にはやけどを負った者が寝かされ、運び出された家財道具が一まとめにされている。
炎はすでに一階を真っ赤に包み、二階部分にもじわじわと広がり始めていた。
こうなるともはや手のつけようがない。
屋敷は燃えるに任せ、あとは周囲に燃え広がらないよう手をつくすしかないのだ。

「ジョン……?」

マリーは辺りを見回した。
彼は屋敷の主人なのだから、とっくに避難をしているはずだ。
光が当たると目が痛むというが、避難をためらっている場合ではないのだから。
数歩歩き、あちらこちらに目をやり、振り返りして姿を探す。
だが、どこにも姿が見当たらない。
もしや、どこかわかりづらい場所にでも避難しているのだろうか。
執事なら知っているかもしれない。
先ほどのことがあって話しかけづらいが、ジョンのことを尋ねなければならないのだ、こらえなければ。
マリーは執事の元に歩み寄ると、やや緊張しながら口を開いた。

「ジョンは、どこですか」

その質問に、執事が妙な反応を見せた。
明らかに顔を強張らせ、マリーを見据える。
その反応が、マリーに恐ろしい予感を与えた。

「まさか、まだ中にいるんですか!?」

ぞっとした。
その身に危険が及んでいるというのに、彼は一体何をしているのだ。

(ジョン……!)

胸が、たちまち締め上げられる。
この時マリーは痛いほど、実感した。
ジョンが好きだ。
たとえ、今自分に向けられている感情が、愛情というより哀れみや罪悪感であろうと、それでも、自分はジョンが好きなのだ。
ジョンがこの世からいなくなってしまうなんて、そんなことは耐えられない。
――助けに行こう。
マリーは、火に包まれている屋敷に駆けて行った。

「お待ち下さい! お危のうございます!」

マリーの体をつかまえようとした執事の手をすり抜け、黒い煙を吐き出す玄関に飛び込む。
中は、異様に熱かった。
燃え上がる炎で真っ赤に染まり、嫌な臭いが立ち込めている。
ジョンはまだ、地下室にいるのだろうか。

「マリー様!」

その時、追いかけてきた執事がマリーの腕をつかんだ。

「いや! 離して!」

マリーは執事の手を振り解こうと、暴れた。
ジョンを見つけるまでは、絶対に戻らないつもりだった。
……その結果、命を落とすことになろうとも。
その手が、執事の顔に当たった。

「あっ」

ぎくりとして手を止めると、ぼとり、と小さな音がした。
奇妙なことだった。
周囲では炎の燃え盛る音や何かのはぜる音が絶えず聞こえていて、うっかりしていると話す声さえ聞き漏らしてしまいそうな状況なのに、その小さな音は何故かはっきりと聞き取れたのである。
思わず、床に落ちたそれに目をやると――。

「きゃっ」

マリーは空いている方の手を口に当て、小さく声を上げた。
床の上に落ちていた物は、どう見ても人間の耳だったのだ。

ゆっくりと、恐ろしい物を見るように、マリーは執事の顔に目を向ける。
執事は口をうっすらと開けたまま、目のふちに涙をにじませていた。
その顔には――右耳がなかった。
手が当たった程度で人間の耳がもげるはずもない。
おそらく執事の右耳は元から失われていて、作り物の耳を取り付けていたというところだろう。
あまり他人に明かしたくない秘密だったであろうことは、察しがつく。
執事はいまや顔色を失い、震えさえしている。
彼をひどく傷つけてしまったのは、間違いない。

「ご、ごめんなさい……」

マリーは目をふせ、作り物の耳を拾い上げようとした。

「…………」

視線を床に向けていたマリーは、知る由もないことだが。
その時執事が、辛そうに顔をゆがめた。

「……マリー……」

「様」をつけず、彼は名を呼び、マリーの両肩をつかんだ。
隠していた肉体の欠陥を露にされ、怒っているのだろう。
これからどんな罵声を浴びせられるか……マリーは目を閉じた。

「……もう、無理だ。限界だ……」

執事は声高に非難することも、罵声を浴びせることもなかった。
ただ一言、意味のわからないことを告げるのみだった。
一体何を言い出すのだ、この老人は。
マリーはあっけにとられて、目を見開くばかりだった。

執事の手が、口元の白いひげに伸びる。
唇の上にある八の字の、よく手入れされたひげである。
そのひげの端を指がとらえ、引き剥がす。
……付けひげだったのだ。

次いで手が伸ばされたのは、白いまゆ毛。
やや毛が長いためか、目元の表情が隠れがちなまゆ毛だ。
まさかと思ってみていると、執事の指はそれを左右とも剥がしてしまった。

一体、執事は何がしたいのだろう。
右耳の秘密を知られたことで、やけになって全ての秘密を暴露するつもりなのだろうか。

とまどい、困惑するマリーをよそに、執事はオールバックに撫で付けた白い髪に両手を伸ばす。
後頭部を何やらいじくると、その髪を両手ですっと持ち上げた。
その下から現れた頭皮は、ひどいやけどの跡だらけで、ほとんど頭髪がなかった。
右耳も、まゆ毛も、ひげも、頭髪すらもない。
あかあかと燃える炎に照らし出されたその顔が……ある人によく似ていた。

「え……!?」

マリーは驚きのあまり、息をすることも忘れて見入った。
どういうことだろう。まさか、この執事はあの人なのだろうか?
いやしかし、年齢が合わないではないか。
彼は若い青年だった。今目の前にいるこの人は、顔の作りが同じであっても、全くの老人ではないか。
だが……今目の前にいる執事の顔は、年齢のことさえ無視すれば、愛するジョンのそれだった。

「ジョ、ン……?」

(どうして……だって、ジョンは地下室にいるはずじゃ……?)

頭の中が、ぐちゃぐちゃにかき回されているような錯覚を覚える。
戸惑うばかりのマリーを抱き上げると、彼は外に向かって駆け出した。

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