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zoom RSS 「愛してるよ、マリー」 5

<<   作成日時 : 2012/03/24 13:23   >>

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遮光眼鏡の話をジョンにしてから、幾日かが過ぎた。
あれからマリーは、ジョンに会っていない。
執事いわく「旦那様の体調が芳しくない」とのことである。
それを聞いたマリーは看病がしたい訴えたが、聞き入れてはもらえなかった。
せめて彼を元気付けようと手紙を書き、届けてもらったが……今のところ、返事はない。

(私が、どこかに一緒に行きたいって言ったのが、ジョンの気に障ったの? でも、たったそれだけで……?)

夕食の時間、広間の大きなテーブルで一人、マリーはため息ばかりついていた。
ジョンの体調が悪くなるまでは、この後会えるのだと気もそぞろだった時間である。
しかし今は、少し離れた位置に控える執事の視線を感じて、単に気が重いだけだ。
マリーはフォークを手にしたまま、目の前の料理を見つめているだけだった。
白身魚と野菜を使った、さっぱりした味わいを予想させる料理。
さぞ良い素材を使っているのだろう。だが、食べる気になれない。

「マリー様。料理がお気に召しませんか」

いっこうに食べようとしないマリーを見て、執事が、気遣わしげに声をかけてくる。

「食欲がないんです。もう部屋に戻ります」

マリーはフォークを置き、立ち上がる。

「どこかお加減が悪いのでございますか?」

珍しく、執事が慌てた様子を見せた。
少し考えれば、理由などわかりそうなものなのに……マリーは内心腹が立った。

「ジョンが病気だっていうのに、のんびり食事をする気になんてなれません。お見舞いをさせてください」
「旦那様は、あなた様に病気が移っては大変だ、と考えておられるのです。どうか、お聞き入れ下さいますよう」
「私は気にしません。お願いです、ジョンのそばにいさせて下さい」
「なりません。これは旦那様の言いつけでございます」

執事は静かに、だがきっぱりと断った。

「旦那様にお伝えしたいことがございましたら、先日のように手紙にしたためて下さい。私がお届け致します」

会って会話をしたいのに……マリーは心の中でつぶやく。

「先日、お渡しした手紙のことですが。旦那様は、心配をかけて申し訳ないと。また会えるようになるまで待っていて欲しいと、そう申しておられました」

ジョンからの返事を、執事が告げる。
……その内容に、マリーは唐突に悟った。

「ジョンは」

マリーは胸を上下させた。
病気でもないのに、苦しい。
これから言おうとしている言葉は、唇にのせた途端、自分の心を引き裂いてしまうだろう。
だから、こんなに吐き出すのに苦労するのだ。
でもそれは、胸にしまっておこうとすると自身を押しつぶしかねない、大きな塊だった。

「ジョンは、私に会いたいって、言わないんですね」

マリーの言葉に、執事が目を見開く。

そうだ。
思い返してみれば、一番最初に「また明日来てもいい?」と言ったのは自分の方だった。
いつもの逢瀬で別れ際に「また明日ね」と言うのも、自分から。
ジョンは一度も「明日も来て欲しい」「明日も会いたい」とは言っていない。
ジョンは……自分が会いたいと言っているから、会っているだけなのだ。
本当に、自分を恋人として愛してくれているのなら、会えない状況を悲しみ、辛く思うはずだ。
そうではない、というのなら、その言わんとするところは……。

マリーは、思わず胸元に手を当てていた。

「そ、それは……口にはなさらなかっただけで、きっと常に思っていらっしゃいますよ」

執事が懸命に主人のフォローをしている。
彼は友人でも家族でもない、ただの、この屋敷の雇われ者だ。
なぐさめの言葉を口にするのは、仕事の一環だからに過ぎない。
それでもその言葉に希望を見出し、すがりたくなる。
マリーはそんな自分が、ひどく惨めで仕方なく思えた。

「もう、いい」

マリーは小さく頭を振り、広間を飛び出した。
「マリー様!」という執事の声が飛んできたが、かまわず走る。
にじんだ涙で視界がゆがむ。
途中、使用人とすれ違ったかもしれないが、そんなことを気にする余裕はなかった。
自分の部屋に駆け込むと、マリーは扉にもたれかかった。

「う……っく……う、う……ひっく、うぅ……っ」

顔を手で覆い、ずるずると床にすべり落ちる。
一人になったせいだろうか、いよいよ涙は際限なくあふれ出した。
熱い涙が、手の平を、小花を散らした模様のスカートのひざをしとどに濡らす。
幼い子供のようにかん高くしゃくり上げる自分の声が、情けない。

ここへ来た初日に、ジョンが変わっていたらどうしようと不安に思った。
あの時は変わっていないと喜んだが、そうではなかったのだ。
両思いだった関係は、二年半の間にこちらの片思いに変わっていたらしい。

(ジョン……どうして私をここに呼んだの?)

頭をよぎるのは、その思い。

(私のことが、かわいそうだから? あなたのことを二年半も待っていて、申し訳ないって思ったから?)

自分がここに呼ばれ、住まわせてもらえているのは、同情や哀れみからだろうか。
二年半も律儀に自分を待っていたと知って、罪悪感から親切にしようと考えたのかもしれない。
良い暮らしをさせることで、償う気でいるのだろうか。

それは世間一般における善意であって、恋人に向ける感情とは違うものである。
優しくされるのはうれしい。だが、この場合の優しさは「ただ一人の女性」に向けるものではない。
自分が欲しいのは、そんな感情ではない。

……ここで暮らし続けることは、もうできない。
世の中には、贅沢な暮らしができるなら愛情なんていらない、と開き直る女もいるが、そのしたたかさは、マリーにはない。
だから今、ジョンが自分に会いたいと言わなかっただけで、胸が引き裂けそうなほど痛いのだ。
この痛みを無視して生きていくことなど、マリーにはできそうもなかった。

近いうちに、いいや、明日にでもここを出て行こう。
泣きじゃくる一方、マリーは決意していた。

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