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zoom RSS 「愛してるよ、マリー」 2

<<   作成日時 : 2012/03/03 16:37   >>

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町から馬車に揺られて到着したのは、立派な門構えの大きな屋敷だった。
門から屋敷までの間には石像の置かれた庭園があり、庭師が手入れをしている。
マリーははぐれてしまわないよう、執事の後をついて行くばかりだった。
前を行く執事を見るマリーの目は、ややとがっている。
それというのも、道中で投げかけた質問に、一切答えてもらえなかったせいである。

「ジョンは、どのぐらいの怪我をしたの」
「食べ物は受け付けられる状態なの」

マリーはジョンに関していくつも尋ねたが、執事は静かに微笑むばかりだったのだ。

(どうして答えてもらえないのかしら。私、常識はずれな質問はしていないと思うけど)

荷物の入った小さなバッグを抱える胸の内に、不満がくすぶる。
執事は屋敷に入るとホールの中央にある階段を昇り、とある部屋の扉の前で立ち止まった。

「こちらが、マリー様のお部屋でございます」

そう言って扉を開け、マリーを中へと促す。
そこは、立派な部屋、の一言に尽きる部屋だった。
床はピカピカに磨かれ、天井からはシャンデリアがぶら下げられている。
中には天蓋付きの大きなベッドを始め、高級品と見て取れる調度品が並んでおり、猫足のテーブルの上には豪奢な花が生けられていた。
見ているだけでため息が出るような、そんな部屋だ。

「あの……先に、ジョンに会わせていただけませんか?」

しかし、マリーは部屋に入らず、執事に尋ねた。
ここまで来たのは、ジョンに会うためなのだ。
もてなしを受けるより先に、ジョンの顔を見たかった。
何せ、質問に一切答えてもらえなかったせいで、彼の現状が全くわからないのだ。
ならばこの目で見るより他に、胸の不安を打ち消す方法はあるまい。
すると、執事は胸に手を当て、頭を下げた。

「言葉が足りず、申し訳ありません。ただいま旦那様にお着きを報告して参りますので、こちらでお待ち頂きたいのでございます」

そういうことならば、とマリーはおずおずと中へ入り、化粧台の上にバッグを置いた。

「では、後ほどお迎えに参ります。それまではどうか、この部屋においで下さいますよう」

執事が扉を閉めると、マリーはため息をついた。
もうすぐジョンに会えるのだ。
二年半は長かったが、今こうして振り返ると、あっという間だったようにも思える。

それから、マリーはもう一度、部屋をぐるりと見回す。
こんな部屋に入ったのは、初めてだ。
どうしても緊張してしまい、居心地は良くない。
椅子に腰掛ける気になれず、立ち尽くしたままだ。
化粧台の鏡を見ると、そこには部屋に似つかわしくない田舎娘が映っている。
町にいた頃は何とも思わなかったが、今はこの姿がひどくみすぼらしく思える。
あの執事も、内心そう思っていただろうか。
ジョンは――愛しいあの人は、今の自分を見て、みすぼらしいと思うだろうか。
他の人がどう思うかよりも、ジョンがどう思うかという方がずっと重要だ。

マリーは目を伏せた。
昔、町にいた頃のジョンなら、畑仕事の帰りでも、安っぽいワンピース姿でも、変わらず愛してくれただろう。
そう、昔のジョンなら。
だが、今は?
今のジョンは、どうだろうか。
年金を約束され、こんな立派な屋敷の主となったジョンは、果たして以前のままだろうか?

ジョンという男は、口数こそ少ないけれど、真面目で優しい人だった。
しかし、戦場帰りの男は、以前とは変わってしまうことも多いのだ、と誰かが言っていた。
現に、誰それが酒びたりになったり、妻や子供に手を上げるようになったという話を、小耳に挟んだことはあった。
あのジョンが、酒びたりになっていたり、暴力的になっていたらどうしよう。

いや、そもそも。
金のある暮らしをするようになって、ジョンはきれいな女性をたくさん見るようになっただろう。
そうしたら、田舎娘の自分など見るのも嫌になるかもしれない。
もしや今回呼ばれたのは、適当に手切れ金を渡すためだろうか?
そう考えて、マリーは口を手で押さえた。

(そんな!)

二年半も待っていて、やっと会えると思って来たのに。
呼ばれた理由がそれだったら、自分は一体どうしたらいいのだろう。

(私……来ない方が良かったのかしら?)

頭をよぎるのは、その思い。
何か恐ろしい現実を思い知らされるのではという予感が、マリーを青ざめさせる。

(……いいえ。しっかりしなきゃ。私がここに来たのは、ジョンに会いたかったから。余計なことを考えちゃ駄目)

戦場に行った上に拷問を受けていたというし、最近まで高熱で寝込んでいたと聞かされては、じっとしていられなかった。
そうだ、自分がここに来たのは、あくまでジョンが心配だったからだ。会いたかったからだ。
マリーは背筋を伸ばした。

もしもジョンが変わってしまっていて、他に好きな女性ができたと言われたら、その時はきっぱりあきらめよう。
考えるだけでも胸が苦しくなるが、もう住む世界が違うのだと思えば、まだ納得もできるから。

執事が迎えに来たのは、だいぶ時間が経ってからのことだった。

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