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ある日、残業帰りの暗い夜道を歩いていたら、前から『ハンバーグ』が全力疾走してきた。 ハンバーグっていうのは誰かのあだ名じゃない。 そのものずばり、ハンバーグだ。 玉ねぎとミンチと玉子とパン粉が材料の、こんがり焼いてソースをかけて食べる、丸くて平べったいアレだ。 驚くべきことにそいつにはマンガちっくな顔があり、ほっそい小さい手足を駆使して、一生懸命走っていた。 い、一体何事だ。 目をこすってもう一度見てみたが、ハンバーグがこっちに走ってくることに変わりはなかった。 ハンバーグってさあ……生き物じゃないよ、なあ? 「助けてください! 追われてるんです!」 意外にかわいい声をあげて、ハンバーグが俺に助けを求めてきた。 「な、何だよお前」 「このままだと食べられてしまいます! お願いです、かくまって下さい!」 ええいやめろ、肉汁とソースまみれの体でズボンにしがみつくな。 「とりあえず離れろ。ほれ、そこのポストのかげにでも隠れてな」 「は、はい」 ハンバーグがとてとてとポストのかげに移動するのを見届けたところで、けたたましい足音が聞こえてきた。 誰か来たらしい。 「すいませんっ、この辺でハンバ……何か変な物見かけませんでしたかっ」 駆け寄るなり詰め寄ってきたのは、見たところコックとおぼしき男だった。 あんた今、ハンバーグって言いかけたよな、絶対。 「あの、一体何が」 「何か見たかって聞いてんでしょ!」 目が血走っている。 コックは精神的に相当、キているようだ。 関わると面倒だ……はぐらかそう。 「い、いえ。見てないですけど……」 「そ、そうですか」 俺の言葉に、コックは案外あっさり引き下がった。 もっとしつこく絡んでくるかと思ったが……まあいいや、さっさと家に帰って風呂入って寝よう。 「もういいですか。俺、家に帰るとこなんで」 立ち去ろうとしたら、がしっ、と肩をつかまれてしまった。 「あんた……そのズボンのすそに付いてるもの、何ですか?」 コックの声が、明らかに低くなっている。 しまった。さっきハンバーグにしがみつかれた時に付いたんだ。 「こ、これは、その」 「さあ、痛い目にあいたくなかったら、ハンバーグの居所を正直に吐くんだ」 コックが恐ろしい形相で俺をにらみながら、背中からすっと何かを取り出す。 丸くて平べったくて持ち手のついたそれは……フライパンだった。 お前、それ背負って走ってたのかよ。 痛い目にあわせるってのは、それで俺をぶん殴るってことかよ。 全くもって御免仕る! 「うっ、うおおおお!」 俺は、全速力で逃げ出した。 こんな猛ダッシュは学生の時以来だ。たぶん明日は筋肉痛だろう。 「待て、逃げられると思っているのか!」 コックが追いかけてくる。 ぶん、という音が聞こえたので反射的に頭を下げると、頭のきわどい辺りを何かがかすめた。 おおおおお前っ、本気でぶん殴るつもりだなっ!? 打ち所が悪くて死んだらどうすんだよ、手加減くらいしろよコラ! くっそー、どうして俺がこんな目に! とにかく、どっかでコックを引き離さないと。 ぶちのめせれば一番良いんだろうけど、フライパン対素手じゃあ分が悪いもんな。 「ええーい!」 出し抜けに、あのハンバーグの声がして、 「ぐえっ」 コックの声がして。 追いかけてくる気配がしなくなったので、おそるおそる振り返ると、コックが伸びていた。 「やった、うまくいったぞ!」 ハンバーグがコックの体の上で、ぴょんぴょん跳ねている。 「な、何がうまくいったんだ?」 「はい、ぼくのソースですべらせて、転ばせたんです。転んだひょうしに頭をぶつけたみたいですね」 なあ、さっき追われてた時にそれをやれば良かったんじゃねえか? 「先ほどは、ありがとうございました」 ハンバーグがくにゃりと体を曲げる。 人間で言うと、頭を下げたようなもんか。 「いや、いいってことよ。で、お前、これからどうするんだ」 「ぼくはこれから、ハンバーグ王国に帰ります」 「は?」 「ハンバーグ王国ですよ。ハンバーグ達の住む、温かくて平和な楽園です」 何というか、肉汁とソースの匂いで満たされてそうな国だな。 「ぼくはデミ・グ・ラスソース・ハンバーグ十三世、ハンバーグ王国の王子なんです」 「あ……そ、そうなんだ」 もう、何が何やら。 デミグラスソース・ハンバーグの他に、チーズハンバーグとかおろし醤油ハンバーグもいるんだろうか。 さしずめ、ハンバーガーとは同盟関係ってところなんだろうか。 しかし、十三世ってことは血縁っていう概念があるってことだよな。 ハンバーグなのに、どうやって子孫残してんだろうか。 「それが何でこんな所にいるんだ?」 「人間の世界の様子を視察に来ていたんです。でも人間につかまってしまって……お供が身を呈して時間稼ぎをしてくれている隙に、逃げ出したんです」 身を呈して、ってことは食べられたんだろうな、そのお供とやら。 「その辺うろついてるハンバーグなんか、食べようと思うかねえ」 疑問が素直に口に出た。 だって、外をうろついたハンバーグって、ほこりまみれだろ。 衛生的にどうよ。 「ハンバーグ王国の民を食べると、ハンバーグ作りに関して天才的になれるらしいんです。だから、人間のコックの間では、ハンバーグ王国の民は希少価値があるんですよ」 「ふ、ふーん」 料理人の姿勢として、それは有りなのか。 腕前ってのは、日々努力して磨くもんじゃないのか。 「そうだ。お礼に今度、ハンバーグ王国にご招待します」 「えっ」 何だよハンバーグ王国って。 ハンバーグの大地にハンバーグの家やハンバーグのお城があって、ハンバーグの花が咲くようなところなのか? で、道を行くのはこいつみたいなハンバーグ、と。 うーむ、野菜やフルーツ成分皆無な国なんだろうなあ。 「あなたの都合の良い時に、ハンバーグに向かって次の呪文を十回、となえて下さい」 黙り込む俺にかまいもせず、ハンバーグは小さな両手を高々と上げて、 「ハンバーグ、ハンバーグラ、ハンバーゲスト!」 声高らかにそう言った。 こ、これを十回も唱えろというのか、おい。 「これを十回となえれば、ハンバーグ王国への扉が開きますよ」 「お、覚えとくわ」 ああ、人前じゃ絶対やらないけどな! 「それじゃ、いつでもいらして下さいね。国を挙げて歓迎しますから!」 ぴょん、と一つ跳ねて、ハンバーグは姿を消した。 ――その後。 俺がハンバーグを見かけるたび、異様に緊張するようになったのは言うまでもない。 |
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