プラスマイナス1

アクセスカウンタ

zoom RSS 未来世紀の親指姫

<<   作成日時 : 2011/07/21 16:14   >>

トラックバック 0 / コメント 0

仕事を終えて部屋に帰ると、植木鉢で育てていたチューリップが、真っ赤な花を咲かせていた。
何となく中をのぞきこんだ私は、ぎょっとして一歩、後ろに下がった。
待て待て待て。今見たものは何だ?
私が働き過ぎで頭がおかしくなったということでもない限り、あれは、小さな小さな女の子にしか見えなかったが。

「はじめまして。わたくし、妖精ですの」

花の中から、鈴を転がす、というのがぴったりくるような、かわいい声がした。
のぞいて見ると、女の子が花びらの中から顔を出している。
み、見間違いじゃなかったのか……。

「よ、ようせ、い?」

何だこれは。夢でも見ているのか。
妖精って実在するのか。おとぎ話の世界の住人じゃないのか。
なんだか、頭が痛くなってきた……。

「そうですわ。あなた方の認識で言うと、親指姫といったところかしら」

お……親指姫? あれって童話の中の存在じゃないのか。
実在性を疑うものに、さらに輪がかかったぞ。
大丈夫か、私の頭。

「あ、いけない。わたくし、カナブンさんにさらっていただかなくてはいけませんわ」

ああ、確か童話はそんな流れだったな。
ということは、あの童話、実は妖精とやらの婚姻を描いたノンフィクションだったのか?
ど、どこから疑問をはさんでいいかわからない……。

「お願いです、わたくしを窓のあるところへ連れて行ってくださいな。窓を開けて、カナブンさんに迎えに来ていただかないと」

妖精……本人がそう言うんだから親指姫って呼んでやろうか。
そのお願いに、私はゆっくりと首を横に振った。

「残念だけど、ここに窓はないわ。それに、カナブンはいないのよ」
「ええっ、一体どういうことですの?」
「この世界には、人間以外の生物はほとんどいないから」

この部屋に窓はない。あるのはドアだけだ。
いいや、この部屋どころか、街のどこへ行ったって、外へ続く窓なんかありゃしない。
行けども行けども、壁、壁、壁だ。
だってここは、地下深くに作られた街だから。

私は、親指姫に状況を説明してやった。

今から百年以上も昔、人間は地上の世界を捨てて地下に潜った。
好きでそうしたわけじゃない。
とてもじゃないが住めない状態になったからだ。

対抗する種族がいないのをいいことに、人間の都合で世界を作り変えていった結果だった。
人間ごときの力で、世界をどうこうできるはずなんてなかったのだ。
長い時間を経て高度な文明を作り上げながら、人間はギリギリの瞬間まで悟れなかった。
要するにバカだった。あるいは、自分達の力を過信していたのだ。
世界は、いくらでも在りようを変えられるのだと。人間にはその能力があると。
その挙句が、かれこれ百年以上も続いている冬の到来だ。
今、地上の世界は雪と氷、そして生身では耐えられないような有害なゴミでいっぱいだ。

……と、いうのが、だいたい学校で習ったことだ。
ただ、教えてくれた先生は、地上の文明をとにかく野蛮で欲望にまみれたものだと信じていて、何かとヒステリックに非難しがちだったから、言い過ぎな部分もあるかもしれない。

この街にいる生物は、完全な人口管理のもとに生まれた人間と、食用の家畜、そのエサとなる植物ぐらいのものだ。
一応、虫もいるにはいるが本当に限られた種類しかいない。あとは映像で見たことがあるだけだ。
カナブンは、後者の部類に入る。
ちなみに、私が部屋でチューリップを育てていたのは、趣味ではなく、環境改善の一環だ。
街に住んでいる人間は、植物を育てるように義務付けられているのだ。
植物の光合成を利用して、街の空気を浄化するのが狙いらしい。
たまたま今回はチューリップを育てていただけで、別に他の植物でもいいんだけど。

「そんな。それじゃあ、わたくしは花の国に行くことができないということになってしまいますわ」

親指姫は両手で顔を覆って、しくしく泣き出した。
そういえば、童話の方はいろいろあった末にツバメに乗って暖かい南の国へ行って、花の国の王子様と結婚するんだっけ。
ツバメ、ねえ……。

「辛いだろうけどあきらめた方がいいよ。妖精の世界に帰るとか、できないの?」
「わたくしは、次のお姫様になるために生まれてきたんですのよ! どうしておめおめ帰れましょう!?」
「えっ、それって使命なの?」
「そうですわ。花の国の王子と結ばれないのなら、わたくしの存在は無価値、不要のもの。消えてなくなる定めですのよ」

うーん、「時代が時代だからしょうがない」って言って、他の人生を歩むこともできないとは、妖精とやらも大変なんだなあ。

「こうなったら、意地でもカナブンさんを探さなくては!」

親指姫が涙をふいて、キッと顔をひきしめている。
いやあ、見つからないと思うよ。
と思っていたら、うんしょ、と親指姫が花びらに手をかけて出ようとした。
あわわ、危ない。落ちて打ち所が悪かったら、つぶれて死ぬんじゃないのか。こう、べちゃっと。
私は思わず手を差し出して、親指姫を手の平に乗せてやった。

「ありがとう。そういえば、あなたのお名前を聞いていませんわね。教えてくださらない?」

正直、気が進まないんだけど……名乗らないとダメなんだろうか。
だって、この状況的に、絶対に変な期待をもたれてしまう名前なんだもの、私。
でも、親指姫ったらいつまでもキラキラと瞳を輝かせて見ているし……。

「…ツ、ツバメよ」

できるだけそっけなく名乗ってみると、案の定、親指姫はパアッと明るい表情を浮かべた。
ああ、だから言いたくなかったんだ。
絶対、妙な期待を抱いたに違いないぞ。

「まあっ、それじゃああなたは、わたくしを花の国へと運んでくれる存在ですのね!」
「違うわよ、ただの偶然! 私と同じ年に生まれたやつはみんな、鳥の名前をつけられたの!」

そう、カラスとかスズメとかインコとか、いろんな名前のやつがいるのだ。
私がツバメなのは、ただ単に生まれ順のせいであって、深い意味なんかありゃしない。
もし前か後にずれていたら、私はツバメっていう名前にはならなかったはずだ。

「いいえ、きっとこれは運命ですわ! わたくしとあなたは、花の国へおもむく運命にあるんですのよ」
「偶然だってば。第一、順番があべこべでしょ。確か、人間の女の人に育ててもらって、カナブンにさらわれるんでしょうが」

どう考えても、私はその一番最初の女の人のポジションって気がするんだけど。
……あ、それじゃあカナブンって名前の人を探して、その人に渡してしまえば、親指姫も納得してくれるのかな?
私よりずーっと前の年代の人達なら、虫の名前をつけられたっていう人がいるかもしれないし。

「まあ、虫のカナブンはともかく、カナブンって名前の人なら、いるかもね」
「本当ですの!?」
「うん、探してみようか」

私は親指姫をチューリップから出してやると、胸ポケットに入れてやった。
とりあえず、街の人の情報がわかるセンターへ行って、名前を探してみよう。
カナブンって名前の人、いるといいな。
そしたらあとはよろしくって、おっつけて逃げようっと。


――この時私は、「花の国計画」の意味するところとか、地上で冬が続く本当の理由だとか、そういう国家機密的な物に関わってしまったせいで、色々とえらい目にあうことを、知るよしもなかったわけで。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

未来世紀の親指姫 プラスマイナス1/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる