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zoom RSS J氏の仕事

<<   作成日時 : 2010/11/20 13:32   >>

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その男の名を、仮にJとしよう。
J氏はある組織の人間である。
彼は毎朝伝えられるボスの指示に従って仕事をしている。

「今日はこの家だ」

J氏のボスは書類を渡し、短く告げる。
そこには、ある一家のデータが載っていた。
共働きの両親と中学生の一人息子で構成された家族である。
書類には、住所、家族全員の名前と年齢、職業、職場や学校の住所、年間の収入に預貯金の額、納められていない諸々の税金や学校の経費までもが記されている。
そのデータの終わりに、要求する身代金の額が書かれていた。

「この家の子供を誘拐して、身代金を要求すれば良いのですね」

J氏は書類に目を通しながら、ボスに尋ねた。

「そうだ。いつも通り、ロボットを使え」
「はい」

J氏はロボットに、その家の一人息子を誘拐するよう、必要なデータを入力し、命令を下した。
ロボットは、一目見ただけでは「地味な人」という印象しか残らない、ある意味完璧な人間型である。
J氏は現場には行かず、ロボットについているカメラでその様子を監視する。

しとしとと雨の降る夜道、ロボットは、学校帰りらしいその家の一人息子である少年を探し出し、後をつけた。
ヘッドホンをした少年は気付くそぶりもなく、自宅前へとたどり着く。
おそらく鍵を探すためだろう、少年がポケットをまさぐり出した瞬間、ロボットは素早く背後に回り、口をふさいで首筋に何かの液体を注射する。
声を上げる間もなく、少年はぐったりと動かなくなった。
直後、ロボットの体の前面が、ドアのように左右に分かれて開いた。中は、驚くほど空っぽだ。
そして、ロボットの腕の部分に腕を、足の部分に足を……といった具合に少年の体を押し込むと、ロボットは再び元の形に戻り、歩き出す。
J氏の下へ戻るために。

目撃者を残すことのない、完璧な仕事ぶりだった。

ロボットが戻ると、J氏は少年の両親に電話をかけた。
無論、身代金を要求するためである。

「おたくの息子を預かった、返して欲しければ一千万円用意しろ」

J氏がそう伝えると、受話器の向こうで息を飲む気配がした。
ほんの一瞬の間をおいて、相手は「息子は無事か」「声だけでも聞かせろ」「今どこにいる」「人でなし」と矢継ぎ早にまくし立てる。

「大丈夫、おたくの息子には危害は加えていない」

J氏は部屋のすみに目をやる。
そこに、少年を内包したロボットが立っていた。
J氏は、誘拐した人質を脅し付けたり、縄でぐるぐる巻きにしたりしない。
薬で眠らせてある上、誘拐してきたロボットそれ自体が拘束具となるため、必要がないからだ。

「ただ、今後も無事かは保証できない。物のはずみで……なんて不測の事態も有り得る」

まあ、そんな事は間違っても起こらないのだが……J氏は内心つぶやく。
ロボットは、命令された事以外の行動ができないよう、あらかじめプログラムされている。
だから、J氏が「殴れ」とでも命令しない限り、人間に暴力を振るったりできないし、そもそもそんな意図などはなからなかった。

「息子を、息子を返せ、人でなしめ!」
「返してほしければ、電話口でわめき立てていないで、早いところ身代金を用意するんだな」
「くっ……」
「身代金が用意できたら、カバンに入れて駅前の公園のベンチの後ろに置け。おっと、息子の命が大事なら、警察には言うなよ」

お決まりの台詞を残し、J氏は電話を切った。

ああは言ったが、警察には確実に通報が行くだろう。
しかし何の問題もない。こちらは警察とグルなのだ。
身代金を取りに行かせるのは別のロボットだし、警察の方では取りに来たロボットを捕まえて、こちらで引き渡してやった人質をいかにも自分達で発見したように見せかけ、家に帰すのだ。

「しかし」

電話を見つめ、J氏はつぶやいた。

「こうでもしないと、皆、税金でも何でも平気で払わないで、挙句に踏み倒すんだものなあ。面倒な時代だよ」

あの一家がためこんでいる、諸々の税金や学校の経費。
支払い能力があるにも関わらず納めないという情報が寄せられた家を調査し、支払い可能な額を算出する。
それを身代金として回収して各機関に納めるという、強制的な回収がJ氏の仕事である。

J氏は椅子にもたれかかり、ここ最近、目に見えて仕事の件数が増えたなあ、と電話をにらむのだった。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
SF誘拐サスペンスと思って読み進めると、チクリと現代社会を風刺したショートショートへ。おみごとです。
いるんですよねぇ、給食費を払わなかったり生活保護を貰って贅沢していたりする家庭の人。非合法を叩くには非合法をもってしかないかもしれません。

さてさて、僕は昨年つるさんのブログでクリスマス競作してとっても楽しかったので、今年のクリスマス競作企画を立ち上げました。
クリスマスまで約ひと月、ご投稿を検討いただけないでしょうか?どうぞお力添えくださいませませ。
http://blog.goo.ne.jp/kyosaku1224
矢菱虎犇
2010/11/23 09:21
どもー。
最近いますからね。支払い能力あるのに払うもん払わず、そのくせ権利は主張なさる方。
権利を主張するなら払うもん払ってからにしろやあああ! って叫びたくなるもんです。ふう。

ああ、もうクリスマスの季節なのかあ。
猫二匹に「ちょーだいちょーだい」されつつ、酒飲んでケーキと鳥を食べる日がまた来るのかあ。

企画、お声をかけていただいてありがとうございます。
ぜひ参加させていただきやす。にしゃり。
鈴藤 由愛
2010/11/23 20:23
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