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zoom RSS 「タイムスリップタクシー」 Singer

<<   作成日時 : 2010/06/12 18:36   >>

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*このお話は、舞様の「タイムスリップタクシー」に寄せた作品です。


喉頭がん、と診断された。
がんは声門の下にできているため、喉頭を全て摘出しなければならない……つまり自分の声を失うことになる、というのが医者の説明だった。
もっとも医者は、前向きなことを色々言っていたのかもしれないが、老人の耳には届いていなかった。

自分の声を失うことになる。
その一言が、それほど彼には重かったのである。

老人は自宅に戻ると、屋根裏から古いギターケースを取り出した。
元は黒かったギターケースは長年ほこりを浴び続け、どんなにほこりを落としても白っぽいままだった。
しわだらけの手でケースをなで回しながら、老人はふと、顔に刻んだしわを深くした。
このギターをかき鳴らしていた頃のことが、頭をよぎる。

老人は若い頃、ここではない、生まれ育った別の国でシンガーソングライターとして活動していた。
フォルクローレという民族音楽を基にしたジャンルで、大学主催のフェスティバルで優勝したこともあった。
たとえ売れようと売れまいと、一生歌い手として生きていくことを決意していた。

それが絶たれたのは……いや、自ら絶ったのは、祖国で起きたクーデターのためである。
そのクーデターは将軍が起したものだった。大統領はひるまず最後まで戦って死んだという。
老人はその日、本当なら工科大学にいるはずだった。
しかし、ラジオで軍の不穏な動きについてのニュースを聞き、行くのを取りやめたのである。
その時大学にいた人々はサッカースタジアムに連行され、射殺や投獄、収容所送りといった悲惨な目にあわされた。
かろうじて生き延び、亡命した老人は、以来歌を絶って生きてきた。
向けられるだろう銃口に、暴力に怯えて逃げた自分に歌う資格など無い、そう思って。

老人は日の落ちた家の中で、まんじりともせずに床目を見つめていた。

――どのみち声を失うことになると知っていたのなら。

老人は、ギターケースを抱えて家を出た。
固く引き締めた唇には、ゆるぎない意思がこめられていた。

「……三十七年前の九月十一日、工科大学前に行ってもらいたい」

タイムスリップタクシーをつかまえて乗り込んだ老人は、喉頭がん患者特有のかすれた声で告げる。
運転手は彼の顔を見るなり、はっとした様子でこちらを向いた。

「あなたは……失礼ですが、ビクトルさん、では」
「そうだ。君、フォークロアが好きなのかね?」

この運転手の音楽の趣向は、年齢にしては珍しい部類に入るようだ。
運転手は若干うれしげに「ええ」と答えると、真剣な顔をした。

「それで、その……九月十一日に、そこで何が起きたか、まさかお忘れではないでしょうね?」
「忘れるものか。忘れるはずがないだろう」

老人は顔をしかめる。

「なら、どうして! わざわざ死にに行くことなんてないでしょう!?」
「……私は、喉頭がんなんだ。進行していて、喉頭を全て切らなくてはならないんだよ」

それを聞いた運転手が、悲痛そうに顔をゆがめる。

「自分の声を失うという時になって、私は悟ったんだよ。私には、あの時できることがあった」
「できること?」
「打ちひしがれた人々のために歌うことだ。私は歌で人を励ますことができた。なのに三十七年前、私はそれをしないで逃げた。だからこんなにも今、悔やんでいるんだ」

運転手が、息を飲む。

「たとえ命と引き換えにしてもいい、私は、歌い手の使命を果たしたいんだ」

老人がまっすぐに見据えると、運転手はもう何も言わなかった。
震える手で装置をいじり……やがて、外の風景がみるみるうちに変化していった。





「全ての労働者諸君、それぞれの持ち場につきたまえ!」


大統領の懐かしい声。
あの頃の、青年の姿に戻った老人は、ギターケースを片手に大学へと足を踏み入れた。

今度は、何が何でも歌ってやる。
どのみち自分の声を失うのだ。
それが、死ぬことによってか、がんによってかの違いだけなのだ。
ならば選ぶのは前者。

たとえ殴られても蹴られてもかまわない。
歌ってやる。それで兵士に目をつけられる羽目になっても、歌ってやる。
ギターを弾けないよう両手を砕かれたとしても、最後の最後まで、歌い続けてやる。

その姿が、人々の心を勇気付けるなら。


――ビクトル・ハラ。
歌で兵士に対抗して死んでいったという男の伝説が、始まろうとしていた。

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コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
映画一本、堪能した感じがしました。
タイムスリップタクシーは小道具に過ぎず、
ビクトル・ハラの生き方こそがテーマですね!
死を意識したときに生きる意味を考え、何かのために生きようとする(死のうとする?)・・・黒澤明監督の傑作『生きる』を思い出しました。
短編で終わらせてしまうには惜しい、ズシリと迫る力作ですねぇ。
矢菱虎犇
2010/06/13 05:21
はじめまして〜。
ボクのブログにお越しいただきまして、ありがとうございます!
さっそく、ボクもお邪魔しましたあ!
いいですねえ!
時代に翻弄されながらも生きてきたって感じが出てて、ぐんぐん引き込まれます。
映画的な動きのあるエンディングですよね。
ギターを「ジャーン!」って鳴らして
ストップモーションになって終わるような。
いやあ、よかったです。
ヴァッキーノ
2010/06/13 07:15
>矢菱虎犇さま
つい最近ビクトル・ハラについて知ったので、小説にしてみたところです。
おっしゃる通り、タクシーが脇役になり果ててます。
「タイムスリップタクシー」がお題なのに、いいんだろうか……。

>ヴァッキーノさま
いらっしゃいませ。
映画的と言われて思わずガッツポーズ。
彼の生き様に相応しく、かっこいいエンディングにしようとジタバタしたので。
大したブログじゃありませんが、よろしければ、またおいで下さい。
鈴藤 由愛
2010/06/13 08:45
あっ今回はボケなしだ(笑)

ビクトル・ハラ、知らなかったのでググりました。
歌う戦士の伝説の始まりなんて、すごく素敵な演出ですね。
すごく良かったです。楽しませてもらいました。
由愛さんはいろいろな必殺技を持ってるなぁ(笑)
ia,
2010/06/13 21:52
先日はわたしのブログにコメントありがとうございました。
こちらからの訪問遅くなってすみません。
のんびりやなもので…

このお話、スケールが大きいですね。
歌で戦争が止められたら、どんなにいいでしょう。ガンバレって応援したくなります。
りんさん
2010/06/14 17:49
実話を織り込んだお話なんですねえ!

歌で暴力に対抗するなんて、偉大なひとだったんですねえ!

歴史をタイムスリップタクシーでうまく取り込んだところが素敵でした。拍手!

銀河径一郎
2010/06/14 20:08
>ia.さま
たまにはボケなしで短編を。
必殺技と言われてかめはめ派が思い浮かぶ世代です。
実在した人を題材に選んだのは初めてで、とにかく緊張したり不安になったりしました。最終的には「挑戦することに意義があるんだじゃあ!」と開き直ったわけですが。

>りんさんさま
いえいえ、いつでもお時間のある時にいらしてください。
短編なのにスケールがでかくなってしまいました。
比例してお話が長くなってしまってます……。
歌で戦争が止められたら、歌い手冥利に尽きるでしょうね。
鈴藤 由愛
2010/06/14 20:16
>銀河径一郎さま
はい、未熟な腕前のくせに実話を織り込むという暴挙に出ました。
タイムスリップを扱うんだし、一つぐらい変わり種があってもいいかなと思いまして。
歌い手の魂を見やがれ! って感じで書きました、はい。
鈴藤 由愛
2010/06/14 20:25
ゴメンナサイ!僕の言葉足らずで。
タイムスリップタクシーって、そもそもツールなんですよね。僕の拙文はもちろん、皆さん書かれた作品は、タイムスリップタクシーを使う人の生きざまがあらわれていると思うんです。それを特に鈴藤さんの作品に特に感じたことを言いたかった、ただそれだけなんです。

僕は全然知らなかったビクトル・ハラについていくつかウェブで読みました。ウィキの説明はそっけないですねぇ!
『サンチアゴに雨が降る』ってそういう意味だったんですね。読みながら僕はウルウルしてしまいました。彼のように生きることができるだろうか・・・そう自問し始めたとき、鈴藤さんの文章の意味がわかってきた気がします。
ビクトル・ハラを知る機会を与えてくださった鈴藤さん、ありがとうございました。
矢菱虎犇
2010/06/14 21:06
あわわわ、そんな、謝らないでくださいっ。
おっしゃる通り、タイムスリップタクシーに限らず、人生っていうのはツールで何をするか、が大事ですよね。

ビクトル・ハラは歌をツールにして、圧力に屈しない生き様を貫いたんだと思います。
だから伝説になってるんじゃないかと。
……もしそうじゃなかったら、というファンの怒りを買いそうなところがこのお話の出発点なんですが(汗)

私がビクトル・ハラの存在を知ったのは本でしたね。
たった一行のそっけない描写でしたけど、「歌で兵士に抵抗したため、ギターを弾けないよう両手を叩き潰された」っていうのが強烈に焼きついて離れなくて。
矢菱さんが私にお礼を言うのなら、私はビクトル・ハラの存在を教えてくれた本に感謝します。
鈴藤 由愛
2010/06/14 21:48
由愛さん、こんにちは。
ビクトル・ハラは知りませんでした。勉強不足でごめんなさい。
私もこれは映画みたいな作品と思いました。
勝手に描いたシーンが脳内で再生されました。
すっかりご無沙汰してましたけど、ごめんなさい。
七花
2010/06/14 23:37
いえいえ、こちらこそご無沙汰してます。
世間でいろいろあるうちに、すっかり自ブログ引きこもり野郎になっちまいました。
って、私は野郎じゃないな。うん。

文章を読んだ人の脳内で映像化されるっていうのが私の理想なので、よっしゃーガッツポーズ状態です。
私も、本を読むまでビクトル・ハラのことを知りませんでした。
日本じゃ知らない人が大半じゃないかな。
鈴藤 由愛
2010/06/15 20:46
はじめまして。
みなさまの競演を知って、
応援させていただき、
そして楽しませていただいております。

不勉強でビクトル・ハラ 知りませんでした。
本当にみなさん いろんなことを知ってらして
すごいですね。
作品も読んでいて、頭の中に映像が流れる、そんな思いがしました。
ありがとうございました。
もぐら
2010/06/17 16:49
もぐらさん、初めまして。ようこそ。
競演というか、私は隅っこでこそこそ動いてる程度のものです。
皆さん、レベル高いんですよ。
ステキな恋愛話とか意外なオチのある話を短くすぱっと書いてらっしゃるんですもの。

書く前から覚悟はしてましたが、やはりビクトル・ハラの知名度はあまりないんですね。
余韻ぶち壊しを承知で、話の終わりに説明を入れようかどうか迷いました。
(ただでさえ長い文章がさらに長くなるのでやめました)

お時間がある時にでも、またいらしてください。
鈴藤 由愛
2010/06/17 20:45
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