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zoom RSS 泉之国のたぬき娘 四

<<   作成日時 : 2010/05/15 16:31   >>

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そうこうしているうちに旅支度も済み、いよいよ旅立ちの時がやってきました。
お陽は、髪の毛が邪魔にならないよう頭の両わきで団子の形にまとめ、さらにしっぽを隠すため、長い上着を羽織りました。

「じゃあ、もう行くね」

家を出たお陽は庭先で振り返り、見送りをする両親に別れのあいさつをしました。

「お陽、気をつけて行くんだよ」
「うん」
「和尚さんに失礼のないようにね」
「うん」
「生水じゃなく、湯冷ましを飲むんだよ」
「うん」
「寝る時は、何かを枕にして寝るんだよ」
「食べられる時は、遠慮しないで食べておくんだよ」
「雨が降ったら水辺には近寄るんじゃないよ」

母親は心配そうな顔で、くどくどと忠告をしてきます。

「もうっ。おっかさん、これじゃあいつまで経っても旅に出られないよ!」

たまりかねたお陽が話を切り上げようとすると、母親はこめかみに手を当ててため息をつきました。

「だって……あんた、そそっかしいからねえ。心配だよ」

それでも旅に出さなくてはならないのですから、気が重いのでしょう。心なしか、母親の顔色が優れません。

「お陽、あのな」

すると、それまで黙っていた父親が不意に口を開きました。
ふだんとは違い、神妙な顔つきをしています。

「なあに、おとっつぁん」
「お前、変な男には気をつけるんだぞ」
「変な男って?」

お陽は首をかしげました。
今まで、父親と母親以外の人間にめったに会うこともなかったので、変な男と言われても、ぴんとこないのです。

「その〜……若い女だっていうだけで、やたら親切にしてくるようなやつだな。そういうのはたいてい、下心があるんだ」
「……そういう人に会ったら、どうすればいいの?」
「そういうやつにはついて行くな。お礼だけ言って、あとは近寄るんじゃあないぞ」
「うん、わかった」

お陽はこくりとうなずきながら、やたら親切にしてくる男には気をつけよう、と考えました。

「じゃあ、行って来るね!」

お陽は手を振り、出発しました。
しばらくは両親ともお別れです。
家が見えなくなるまで、お陽は何度も足を止め、振り向きました。
やがて、家が見えないところまで来ると、お陽は振り向くのをやめ、黙々と歩き続けました。
勝手知ったる山道も、しばらくは通ることもないと思うと、なんだかもの悲しく思えてきます。

そうして山の中ほどに差しかかった頃、おそらく行き倒れでしょう、お陽は行く手に人が倒れているのを見つけました。

(行き倒れかな?)

お陽は別段、驚きませんでした。
山菜やきのこを取りに山に入った時に、何度か行き倒れた人を見たことがあったのです。
こういう時は手を合わせてやるんだよ――母親にそうしつけられていたので、その通りにしようと、お陽は近寄って行きました。

近寄ってみると、行き倒れているのはお陽とさほど年の変わらない少年だとわかりました。
あまり肉付きは良くなく、着ている物もあちこちほつれて着古した感があります。
こんなに若いのに行き倒れるなんて、きっと訳があるのでしょう。
同情しながら少年のそばに立った、その時でした。

とっくに息絶えていると思っていた少年が、いきなりお陽の足首をがしっとつかんだのです。
その力の強いこと。
お陽は振りほどこうと足を振りましたが、その手はがっしりと足首をつかんで離しませんでした。

「きゃ、きゃー! きゃー!! きゃーっ!」

死んでいるものと思っていた人間が生きていたことへの純粋な驚きと、男に足首をつかまれた女の本能的な恐怖から、お陽はたちまち大混乱におちいりました。

「ちょっとやめてよ何すんのよぉはーなーしーてええええ!」

相手が行き倒れていたという記憶は、もう頭にありません。
つかまれていない方の足で、遠慮もためらいもなく少年の頭をげしげし踏んづけます。

「だ、誰か助けてええ!」
「……い……」
「いーやああー!! やあああだあああ!」
「み……み……」
「おとっつぁああん、おっかさーん、助けてええぇ!」
「……を……く」
「う、うわあああんっっ!」

「水を……くだ……さ……い……」

大混乱におちいっていたお陽の耳に、か細い少年の声が届いたのは、だいぶ経ってからのことでした。

「……へ?」

今まさにもう一撃、という体勢のまま、お陽はかすれた声を上げました。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
泉之国のたぬき娘、拝読しました。
こういうの、ライトノベルっていうんでしょうか、場面が目に浮かぶようっていうか、主人公の女の子(女の子ダヌキ?)に感情移入して読み進んで行けますねぇ!
僕はショートショートばっかりなので、こういう読者と視点人物が一緒に体験するようなお話が不得意だなぁ〜!

また時々読みに来させてください。

クリスマス競作のときみたいに、今、僕は馬鹿虎ステーションというブログでショートショートを募集しています。
もしよろしかったら参加してくださいませんか?
どうぞよろしくお願いします。
http://blog.goo.ne.jp/bakatorast/
矢菱虎犇
2010/05/23 14:42
どうもー。お読みくださってありがとうございます。

私は連載しようとするとこういう系統に偏りがちで「いかんなあ」と思ってます。
でも他のが書けない。
重厚な長編ってどうやって書いてるんだ皆。

ショートショートですか、いいですねえ。
ただ、最近書いてないからだいぶレベル落ちてるかも……。
今度ブログのぞいてみますね。

とりあえず今日は胃痛で更新休み。くう。
鈴藤 由愛
2010/05/23 15:08
またまたご無沙汰になっちゃいました。
>あんた、そそっかしいからねえ
そうそう。由愛さんの書かれる主人公はそそっかしいから私も心配で心配で……(笑)
と思ったら、案の定!
まあ、こんなホラーな展開ならパニックになるのも無理はないですね(笑)
ia.
2010/06/02 02:15
ご無沙汰してます〜。
なーんか私の書く女主人公はこう、そそっかしい系になっちまうんですねえ。
クールビューティな女を書ける日はたぶん来ないな、こりゃ。
お陽はきっと胃袋が裏返るほどびっくりしたに違いない。
鈴藤 由愛
2010/06/02 20:33
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