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zoom RSS うさぎ物語〜かちかち山異聞8〜

<<   作成日時 : 2010/03/13 15:14   >>

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泥の舟は、思った通りもろかった。
川の真ん中で魚を取っているうちに、じわじわと水を吸い込んで崩れ始めた。
当然、少しずつ川の中に沈んでいるのだが、乗っているたぬきは魚を取るのに夢中で、気付いていない。
横目でそれを見ていたうさぎは、計画の最後の仕上げに入った。

「おーい、もっと魚を集めたくないかい?」
「おう。何か上手いやり方があんのか」
「ここの魚は、歌を聞くと集まって来るんだよ。僕の真似をしておくれ」

――杉の舟はぶんぐら 泥の舟はじゃっくら――
うさぎはでたらめに歌うと、舟べりを強く叩いた。
たぬきも見よう見まねで歌い、舟べりを叩く。
途端、泥の舟は真ん中からばっくりと割れ、たぬきはざぶんと川へ落ちてしまった。

この川は流れの早い川だ。その上ここは足がつかない場所、放っておいても勝手におぼれ死ぬだろう。
うさぎはたぬきの落ちた方を見た。

「がっ、あっ、た、助けてくれっ、足がつかねえ!」

しかし、何というしぶとさか、たぬきは水の中で流れにもまれながら、必死にうさぎの舟まで泳いですがりついてきたのである。

(大人しく、おぼれて死ねばいいのに)

うさぎは冷たい眼差しでたぬきを見ると、舟のかいを外して近づいた。

「すまねえっ、たのむ、助けてくれぇ」

たぬきは、それを「これに捕まれ」という意味だと取ったようで、必死に手を伸ばしてくる。
うさぎは無言でたぬきの前に立つと、その脳天目がけ、かいを思い切り振り下ろした。

「ぎゃあっ! い、痛えよ、何すんだあ!」

たぬきは目をむき、ぎゃあぎゃあと叫ぶ。
肉と、固い骨を打つ嫌な感触が伝わり、うさぎは次の攻撃をためらった。
思えば、うさぎが誰かを殴打したのはこれが初めてだった。
――殴られたり蹴られたりしたことは、何度でもあったが。

「何すんだ、だって? 自分のしたことも忘れたか、この外道!」

ためらいを隠し、うさぎは声を張り上げる。

「な、何のことだよ!」
「とぼけるなっ、僕のおばあさんを死なせたくせに!」
「知らねえよ、俺はまっとうに生きてんだ!」
「何だと!?」

うさぎは激怒した。
こいつにとって、おばあさんうさぎをがけから突き飛ばして死なせたことは、忘れてしまえる程度のことだったのだろうか。

熱くなるうさぎの頭を、不意に過去の記憶がよぎる。
おばあさんうさぎを失った後、さまよいながら暮らした頃の記憶が。

『やあい、親なし子! 汚え、くせえ、あっち行け!』

石を投げ、はやし立てた子うさぎ達。

『こんなこともわからねえのか。はっ、親なしは常識ってもんがなくて困るねえ』

そう言ってさげすんだ大人のうさぎ。

色々な事が一気に押し寄せて来て、うさぎの頭は混乱していく。
思い出される記憶には、優しさや温もりなど一切ない。

『あんたみたいな子は、夢なんか見るもんじゃないよ』
『人並みな幸せが手に入るなんて、本気で思ってんのか?』
『何だと、逆らおうってのか? これだけ世話してやったのに、恩知らずめ!』
『親なしめ』
『親なしめ』
『親なしめ』
『親なしめ』

自分をさげすんだ奴らに取り囲まれているような錯覚を覚え、うさぎはくらりと目まいがした。
大きくなった今でも、あの頃の辛い記憶だけは忘れられない。できるだけ思い出さないよう、あの頃のことは振り返らないと決めて生きている。
それなのに、折りにふれてこのように思い出され、うさぎを追い詰めるのだ。

(どうして? どうして僕が、こんなに辛い思いをして生きなくちゃいけないんだ?)

その理由をたどると、矛先は自然とたぬきに向けられる。
うさぎが攻撃をためらっている間に、たぬきは舟によじ上らんばかりに上半身を乗せていた。

そう、あの辛い記憶のそもそもの原因は、たぬきだ。たぬきがおばあさんうさぎを死なせたせいなのだ。
おばあさんうさぎがいてくれたなら、孤独でさえなかったら、あんなに辛い思いをすることもなかったのに。
何もかも、こいつのせいだ。

――殺せ!!

うさぎは、全身がかっと燃えるような感覚を覚えた。

「うああああっっっ!!」

うさぎはかいを握りしめ、目茶苦茶にたぬきの頭を殴りつけた。
もはや、殴るというよりも叩き潰すといった方が正しい。
この時のうさぎは、錯乱していた。それゆえの暴力性だった。

やがて、うさぎが落ち着きを取り戻した頃、たぬきは舟に上半身を引っ掛けた状態で事切れていた。
殴られ続けた頭がざくろのように裂け、顔は、どこが鼻やら目やらわからぬほどにはれ上がっている。

死んだのだろうか。
血と毛とに塗れたかいの先でつついてみると、たぬきの体はずるりと舟べりから川へと滑り落ち、ばちゃんと小さな水音を立てた。
川に落ちたたぬきは水の中に浮かび、木の枝のようにぷかりぷかりと川下の方へと流れていった。

やった。ついに、仇討ちは果たされた。
長年待ち望んだことが、今この時、現実になった。

うさぎは、かいにすがりつくようにして、舟の中にへたりこんだ。

「は……はは、は、ははは、あはははは」

乾いた笑いが、うさぎの口から漏れる。

「おばあさんの仇だ! 思い知ったか!」

水面を渡ってきた冷たい風が、うさぎの毛をなでて行く。
うさぎの言う「おばあさん」が、おばあさんうさぎのことだったのか老人の妻のことだったのか……それは、誰にもわからない。

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