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zoom RSS もりのくまさん・結(前編)

<<   作成日時 : 2009/08/12 16:45   >>

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――男は、森の中を駆けていた。

いつも通り女の手当てをしてやり、小屋に鍵をかけて猟に出掛けた数刻後、どういうわけか犬の吠える声が聞こえたからだ。
この森に野良犬はいない。
他に猟師が来ていて、そいつの連れている犬が吠えている可能性も無くはないが……彼の第六感が「違う」と告げていた。
さらに男の不安をかき立てるのは、犬の声を頼りに足を進めると、どういうわけか小屋のある方へ向かう、という点だ。

一体何だというんだ。

嫌な予感に、手の平が汗ばむ。
小屋までの道のりが、これほど遠く感じられたことは無かった。

――果たして男がたどり着いたのは、小屋の前。

「はははははは」

「ほら、逃げろよ。死んじゃうぞ」

聞き覚えのない男達の笑い声が、小屋の中から聞こえる。
鍵をかけたはずのドアは開け放たれ、そこからスーツ姿の男達が見えた。

男は警戒し、足音を忍ばせて入り口に立った。

彼らの見ている前で、猟犬が何かに噛み付き、鼻先で小突き回している。
それが何であるかを認識した途端、男は頭を思い切り殴られたような衝撃を受けた。

猟犬に噛まれ、転がされていたのは、女だった。
着ているものはあちこち引き裂かれ、血にまみれた体はピクリとも動かず、うめき声一つ上げることもしない。

……ザリッ。

男の足が、自然と一歩、踏み出される。

「……俺の家で何をしている」

地獄の底から響くような低い声が、男の口から発せられた。
猟犬は女に噛み付くのをやめ、スーツ姿の男達は振り向いた。

「もう一度聞く……俺のテリトリーで何をしている?」

「ひ……っ」

男達の中には、腰を抜かしてへたりこむ者もいた。
たちまち、場の空気が張り詰める。
うかつに動くことすらためらわれる、そんな雰囲気の中で。

「ああ、熊(グリズリー)のお出ましだねえ」

金髪に青い瞳の、醜い青年がもたついた声を上げた。
マードック家の当主である。
こういった時に普段と変わらずにいられるのは、余程の豪胆か、あるいは大馬鹿のどちらかだが……この青年の場合は後者だろう。

「何だ、若造」

男はぞんざいな口をきいた。
マードック家の当主など面識がないのだし、そもそも不法侵入の相手に丁寧な言葉を使ってやる義理などない。男にしてみれば当前のことである。

「この……っ」

だが、それは当主のプライドを大きく傷付けた。
彼は今まで、前当主である父親以外の人間にぞんざいな扱いをされたことがないからだ。
彼にとって、今さっき会ったばかりの男にぞんざいに扱われることは、屈辱以外の何物でもなかった。
たちまち呼吸が荒くなり、真っ赤な顔で体を震わせ、肩を上下させながら男をにらむ。

自分はそこいらの人間よりよっぽど価値のある人間だ。だから、周りの奴らだって勝手に自分を恐れたり敬ったりしてくれる。
そんな自分を馬鹿にする奴は許さない。存在してはならない。ぶっ殺したってかまわない。
父さんだって気に入らない奴はぶっ殺していたんだから。

当主はそう本気で考えている。

――彼は気付いていない。
周りの人間が恐れ敬っているのは彼ではなく、幼少の頃は彼の父親であり、今となっては当主という肩書きの方なのだ、ということに。

「行けえ! 噛み殺せ!」

当主にけしかけられ、猟犬どもが男に向かって駆け出す。

「噛まれろ噛まれろ痛いんだぞおおっ」

ぐるああううっ、と低くうなり声を上げ、丸太のような太い腕に、次々と猟犬どもが食らい付く。

「あーひゃひゃひゃひゃひゃっっ!!」

当主は、つばまで飛ばして派手に笑った。

……だが、そのうち笑いを引っ込めた。

いつまで経っても男が痛みにあえぐ様子を見せないからだ。
男の腕には確かに猟犬がぶら下がっているのに、情けない声を出すどころか、手や足をばたつかせることも、眉一つ動かすこともなく、そこに立っていた。

「熊狩りだと?」

ギャンッと猟犬の悲鳴が上がる。
男が、丸太のような腕を一振りして払い飛ばし、壁に叩き付けたのだ。

「何やってんだよ役立たず! もう一回行け!」

当主はヒステリックにけしかけるが、猟犬達は立ち上がりはするものの、尻尾を股の間に挟み、鼻をピスピス鳴らして後ずさるばかり。

「銃も持たずに熊狩りか。気楽なことだ」

「――ハン、バッカじゃないのお?」

銃、という単語が出た途端、当主はいきなり強気になった。スーツ姿の連中が、いっせいに銃口を向ける。

「謝って命乞いするんなら今の内だよお。この人数に、そんなオンボロ猟銃で立ち向かえるわけないじゃん。そうだなあ、土下座して床をなめて見せたら、見逃してあげてもいいよ?」

言いながら、当主は確信していた。

そうだ、自分は何を怖がっているんだ。
猟犬が振り飛ばされた時は肝が冷えた。とんでもない怪力だとゾッとした。
しかし、やはり多勢に無勢、これだけの人数に銃で撃たれたら、さすがに死ぬ。間違いなく死ぬ。
やはり自分より優れた人間など存在しないのだ。

この男は許してやるまい。土下座をしようが床をなめようが、いたぶっていたぶっていたぶり抜いて、なぶり殺しにしてやる。

当主に、普段の傲慢さがじわじわと戻りつつあった。

「……女は生きているのか?」

銃口を向けられながらも、男には恐れ怯える様子はない。
険しい表情を崩さぬまま、当主を見据えている。

「ハァ? エレンのこと?」

当主は面倒くさそうに床に転がったままの女――エレンに歩み寄ると、靴底で蹴転がした。

「反応ないけど。死んでるんじゃない?」

途端、当主の背後で、ぼきり、と何か太い物のへし折れる音がした。
いぶかしげに振り返りかけた顔の真横を、何かがかすめて飛んでいき、小屋の壁に突き刺さる。
突き刺さった奴のスーツが真っ赤に染まり、たちまち辺りに血の臭いが漂い出す。

「うわああああっ」

「何なんだこいつ!」

引き連れてきた奴らが、次々に情けない声を上げる。
あの男がやったのか。
姿を探すが男は見当たらず、代わりにいたのは大人の男の身長をゆうに超えた、巨大な熊だった。
金色の目をぎらつかせ、足元のへし折れた猟銃を前足で跳ね飛ばす。
その猟銃は確か男の物だったはず、と熊に怯えながら考えていると、

グゥオオオオ……ッッ!

牙をむき出しにした熊の咆哮が小屋を揺らした。

当主はなりふりかまわず逃げ出した。
父親に、「逃げ足だけは誰にも負けない」と言わしめた足の速さで。


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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
ふるふるぼっこーふるぼっこー。

…………。

てあっ!(蹴り(何故))

かなり長丁場になったんで分けます。
鈴藤 由愛
2009/08/12 16:50
ほんものの熊〜!
意外な展開。悟空が大ザルに変身したようなかんじでいいのかしら。
エレンが生きてるといいんだけど。
後半の当主視点で彼の捻じ曲がった根性を知り、ハラワタが煮えくり返りました。

つる
2009/08/13 02:05
なんとなくこのペースで終わるのかな?と思っていたんです(笑)前後編ならクライマックスがたっぷり読めますね♪
それにしてもこのブサイク、本当にイヤな男だなぁ。熊に食われちまえ。
って……く、熊!?ホンモノ!?
「もりのくまさん」だから、熊さんが追っかけてくるわけですね。
ε=ε=ε=ε=ε=ヽ(T T)
ia.
2009/08/13 02:07
つる様>悟空は満月を見て変身しますが、この熊さんはぶちギレての変身です。
でも、破壊する対象は決まっているので悟空よか安心です。
悟空は無差別に破壊するからな……。

あ、あとエレンはピ―(伏せ字&機械音)ます。

ia.様>そうです。「もりのくまさん」だから追っかけるのです。
歌との違いは、追っかける相手はお嬢さんでもなければ白い貝殻のイヤリングも落としておらず、その上熊さんが「ぶっ殺したるわああ!」と明確な殺意を持ってる点です。

……え、それだけじゃない?
鈴藤 由愛
2009/08/13 09:37
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