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zoom RSS もりのくまさん・起

<<   作成日時 : 2009/07/25 17:10   >>

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その男は、猟師を生業にして、森の中で一人で暮らしていた。

男は、とにかく大柄だった。筋肉隆々で、身長は二メートル近くあり、遠くから見るとまるで熊のよう。
実際、彼につけられたあだ名は「熊(グリズリー)」だった。

男は元々森に住んでいたわけではなく、よそからやって来て小屋を建て、住み着いた人間である。
今までどこで何をしていたか、彼は一切語らなかった。
だが、その眼光の鋭さと隙のない身のこなしは、平凡な生活とは無縁な過去を物語っていた。

その男が、仕掛けておいた罠を見に出かけたある日のこと。
小さく可憐な花の咲く道を歩いていた彼の行く手に、ぼろきれのような物が現れた。
近寄ってみるとそれは、汚い服をまとった若い女だった。泥にまみれたその手足は恐ろしいほど細く、手足の血管が透けて見える。

「おい、生きてるか」

声をかけるも、女は弱々しい呼吸を繰り返すのみ。

――行き倒れか。

男はしゃがみ、垢じみた金色の髪の間から覗く女の顔を見て、息を止めた。
頬骨の浮き出た青白い顔。片目が腫れ上がり、切れた口の端に乾いた血がこびりついている。
どう見てもただ事ではない。
ぼろきれになるまで弄ばれたのだと推測するのは、容易だった。

……放っておくわけにもいくまい。

男は頭をかき、嘆息すると女を担ぎ上げて小屋へと戻った。



男は小屋に戻ると、すぐに医者を呼んだ。森の近くの町に住む、年老いた医者である。
医者は女の状態について「こりゃひどい」と呟いた後、「まさかあんた……」と疑いの目を向けて男の口をへの字に曲げさせた。

「長い間、どこかに閉じ込められておったんじゃな。だからこんなに手足が細いんじゃ」

一通りの診察を終え、手当てに取り掛かった医者はそう言った。

「こりゃあ鬼畜の仕業じゃよ。刺された所や殴られた跡が数え切れんわい。骨折したところが曲がったままくっついとる。死ににくい場所に鉛玉を撃たれた跡もある。だが……気の毒なのは目の方よ。今腫れておる方は見えるようじゃが、反対側は間違いなく何も見えておらんな」

その痛み、果たしてどれほどのものか。
男は顔をしかめた。

「ところで……」

医者は腫れ上がった女の片目にガーゼを当てながら、男に尋ねた。

「お前さん、この女をどうするつもりかね」

「……どうしたもんかな」

「この女は厄介じゃぞ」

男が黙っていると、医者は女のスカートのすそをつかんでめくり上げ、その青白い太ももを剥き出しにして見せた。

「これが何か、わかるじゃろう」

そこには、焼印(やきいん)が押されていた。焼印とは、熱した焼きごてを使い、木製品、食品、動物、人間の皮膚などに印を付けることである。通常、人間に対する焼印は刑罰として行われるのだが……女に押されていた焼印は罪人を表すものではなく、この辺りを牛耳るマードック家の家紋だった。

「聞いたことがあるわい。マードック家の当主は買った女に焼印を押すとな。さんざんいたぶられて、逃げ出して来たんじゃろう」

当主はサディストじゃからな、と医者は呟き、女のスカートを元に戻した。

「捨てたわけではないなら、マードック家の当主は、まだこの女に執着しとるかもしれん。女を引き渡して、はいさようなら、と穏便に済めば良いが……お前さんがこの女を連れ出した、あるいは手をつけたなどと誤解されてみろ。ただでは済まされまい」

男はふーっとため息をつき、ぼさぼさの頭をかいた。

マードック家の評判は知っている。
名のあるマフィアなどは弱者や一般人は狙わないなど、それなりの節度を保っているものだが、マードック家には節度も何もない。ただ弱者を痛めつけるばかりのチンピラ崩れである。
もしマードック家に逆らうような真似をしたら、直ちに手下どもがやって来て「報復」と称した暴力行為が行われる。
人々はそれを恐れておとなしくしていた。

「悪い事は言わん。この女にはこれ以上関わるな。目を覚まさないうちに、なるべく遠くへ置いてくるがいい」

手当てを終えた医者は、かばんを手に小屋の扉を開ける。

「おい、治療代は」

「いらんよ。わしは今日ここへ来とらんのだからな」

口止め料代わり、ということか。
バタン、と閉じた扉を、男はじっと見つめた。

――この女を、どうするべきか。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
タイトルのほのぼのさに無防備だったわ。これは不穏なスタート。
しょっぱなから、もりのくまさんがピンチじゃないの!
つる
2009/07/30 03:02
我がブログにおける、ほのぼのタイトルは大体が不穏な法則(何)
くまさんはピンチな道をガンガン突き進みます。
でも今回は全四話構成、ちゃーんとオチまで考えてますんで投げ出しません、はい。そこだけが救いです。
鈴藤 由愛
2009/07/30 22:29
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