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zoom RSS 秋に会いましょう

<<   作成日時 : 2008/08/09 16:38   >>

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「とにかくですねえ、冬に働くのはもう、辛くて辛くてたまらないんですよ」

そう言って、目の前の老人は、でっぷり太った体を揺らした。
この夏の暑い盛りに、その体ではさぞ過ごしにくかろう。
ついでに、近くで見ている私も暑苦しい気持ちになる。

……まあ、それはさておき。

「体が冷えると体のふしぶしが痛くてたまらないし、座って移動する時間が長いから、腰にも来るんですよ。あなた、寒空の下で何時間も座っていたことがありますか?」

ずい、と顔を近付けられて、私はちょっとのけ反った。
長く伸びた白髪と、同じぐらい長く伸びた白いひげに縁取られた丸い顔。
この老人、普段はにこにこしていて愛嬌があるのだが……今はそんなもの、微塵もない。

「君が苦労しているのはよくわかったよ。それで、今日は一体何を陳情しに来たんだね」

私は言外に「落ち着け」とにじませながら、椅子に座るよう促した。

「できれば、仕事をする期間を冬から秋に変えてもらえませんか。そうすれば、だいぶ体も楽になると思うんですが」

「う、ううむ……」

即答はできなかった。
この老人に請け負わせている仕事は、冬にのみ需要があるのだ。
それを需要のない秋に変更しろなどと……。

上役は何と言うだろう。
許してくれるだろうか。

という、私の考えを読み取ったのだろうか。

「変更できないというのなら、わしは辞めさせてもらいます」

老人は、真剣な表情で私を真っすぐに見つめた。

「な、何っ?」

それは困る。
この老人が長年してきた仕事を、別の人間が簡単に取って替われるとは思えない。
新しい人材を育てるのには、多くの時間と労力がかかるものだ。

「わしはもう、限界なんですよ!」

老人が、真剣な顔で、ばん、と机を叩いた。

「子供達の夢を守りたい、子供達の笑顔が見たい……その一心で、わしは老体に鞭を打ってがんばったのです。ですが、もう限界です! 今時の子供達はかつてのように夢を信じていないし、笑顔になるどころか、さも当然のような顔さえしている。もう、何のためにこんなことを続けているのか、わからないんですよ! 辞めるなというのなら、せめて、わしの体にこれ以上負担をかけないよう、計らってくださったって良いではありませんか!」

「わ、わかった。だがこれは私一人の考えでは決められないんだ。何とか上に掛け合ってみよう」

そう言うと、やっと老人の表情が和らいだ。

「ありがとうございます」

「結果が出たら連絡しよう。自宅で待機していてくれ」

「はい」

老人が立ち去った後、私は背もたれに寄り掛かって天井を仰いだ。

……まさか、あの老人がここまで思い詰めていたとはなあ……。





それから数日後、私は老人を呼び出した。

「上に掛け合ってみた結果だがね」

「……どうでした?」

老人の顔が、みるみる強張っていく。

「変更を承認してもらえたよ。今年から、秋に働いてくれ」

「ああ、ありがとうございます!」

老人は実にうれしそうに笑った。
どうやら、またやる気になってくれたようだ。

今後は、仕事への不満が爆発する前に対策を取れるようになろう。
私は肝に命じた。

それにしても、変更というものに寛大でない上役を説得するのは、大変だった。
「冬にこそ需要があるものを、秋に変更するのはまかりならん」の一点張りで、しまいには私の管理がなっていないからだとなじり始めた。
しかし、「変更ができないのなら辞めさせてもらう」と老人が発言したことを伝えると、しばらく考え込んだ末に、やっと承認してくれた。
変更によって必要になる作業の手間よりも、老人を手放すことで起こる弊害の方を恐れたらしい。

やはり、この老人の代わりはいないのだな。
だが一方、私の代わりは……と考えると虚しくなるのでやめた。

「今の制服は冬物だな。後でもう少し薄手の物を支給しよう。今年は準備期間が短くなるが、よろしく頼むよ」

「はい。頑張ります」

老人は晴々とした顔で、立ち去って行った。
その姿が見えなくなってから、私は、ふーっとため息をついた。

これは文化的に……いや、歴史的にも大きな変化ではないだろうか。
影響も大きいことだろう。

まあ、上役からはきちんと承認を得たのだし、何より、当の本人に異存がないのだ。
これ以上ぐだぐだと考えていても仕方あるまい。

――しかし、人間の世界はさぞ混乱することだろうな。
今年から、サンタクロースが秋にプレゼントを配ることになったのだから……。

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
何の職業だろう?長距離トラックの運転手?季節労働者の派遣?と、いろいろ考えましたよ(笑)
南半球に転勤、というのはどうですか?秋はちょっとね(笑)
ia.
2008/08/09 20:28
ここに中間管理職の苦悩を見ました。おもしろかったです。
春と秋だけの商売、あったらわたしにも紹介してほしい。
つる
2008/08/09 22:48
感想ありがとうございます。

ia.様>すんません、南半球のこと、すっかり忘れてました。
いっそのこと、赤道直下のとこだけプレゼント配るのはどうでしょう。
……サンタが真っ黒に日焼けして、そのうちアロハシャツ着たりして……。

つる様>春と秋だけの商売なら私も就きたいっ。
真夏と真冬の辛い時期に働かなくて済むなら素晴らしいっ。
……と、扇風機の前で思う今日この頃。


よろしければ、またおいで下さいませ。
鈴藤 由愛
2008/08/10 06:57
うわ〜秋になっちゃいましたか?
クリスマスが秋?プレゼントの先渡し?
よっぽど真冬の配達が辛かったんでしょうね。

じゃ、イケメンの兄さんに代わってもらうってもはどうだろうか?
「僕いけめ〜ん」とか良いながらプレゼントを配る?
うわ〜これも情緒が無いよねぇ(爆)
やっぱりサンタさんはおじいさんじゃなきゃ。

2008/08/13 08:37
感想ありがとうございます。

それはやだ! いかんっ、いかんですよ! 違うものを想像しますよ!<僕いけめ〜ん

つか本当に美形なお兄さんだったら、お母さんの方が寝ないで待ってそう。
そのうちアイドル化したりして。
ビジュアル系バンドになったらどうしよう。

ということで、私もサンタはおじいさんが適任だと思います。

よろしければ、またおいで下さいませ。
鈴藤 由愛
2008/08/13 22:10
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