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zoom RSS 呪い殺めしは……

<<   作成日時 : 2008/07/25 21:48   >>

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一人の男が、とある金持ちの屋敷で働いていた。

男は、毎日朝から晩までこき使われ、主人の機嫌が悪い時などは当たり散らされた。

はたから見て、屈辱的な生活には違いない。
だが彼にとって屈辱だったのは、そんなことではない。

真に屈辱だったのは、屋敷がかつての我が家であり、主人たる金持ちが、父親を破滅に追い込んだ憎い仇ということなのだ。

――男の父は投資家だった。

しかし、金持ちの言葉を信用して投資した結果、全財産を手放す羽目になり、心労がたたって死んだのである。

父親の死ぬ姿を、男は今でも覚えている。

その頃の一家は貧しい暮らしを強いられ、毎日の食事にも事欠くありさまで、男の父は飢えに苦しみ、寒さに震えながら死んでいった。
かつて財界の中心にいた男の死としては、あまりに惨めな最期だった。

そのうえ、人々は男の父を指して「死んで借金を踏み倒した」と中傷した。

――できることなら、父の仇を取りたい。
たとえ、暴力的な手段を用いることになろうとも。

だが、男の望みがかなうことは一生ないだろう。

脅迫して投資させたというのならともかく、ただ「言葉を信用した」というのでは、投資した側の方こそ「注意不足」だの「もっと慎重になるべき」だのと批難されるものだ。

男は、ぐっと黙って耐えた。

この金持ちは、路頭に迷っていたところを母共々拾ってくれた恩もあるのだから、と。
ほどなく、金持ちが母を愛人にしたことから、拾ってくれた理由は何となくうかがえたのだけど。
その母も、今はもういない。
「愛人の子」としてそれなりの生活をしていた男は、あっさりと下男の身分に落とされ、今に至っている。

――己の心の奥深くに、強い願望を押しこめながら。


ある日、男は屋敷の裏手で、残飯を漁っている老人を見かけた。
汚れた服を着た、もじゃもじゃ頭に長いひげを垂らした老人だった。

男は追い払おうかと考えて、やめた。
老人が漁っているのは不要な残飯なのだし、何より飢えの苦しみを知っているからだった。
見ぬふりをして通り過ぎようとすると、老人が男の方に顔を向けた。

「お前さん、わしを追い払ったりしないのか。なかなか、慈悲深い奴だな」

何日もまともに食べていないような、力のないかすれた声だった。

「どうせならレストランの裏に行けばいい。もっとうまいものが食えるぞ」

仏頂面で教えてやると、老人はところどころ抜け落ちた、黄色い歯を見せた。
――笑っているつもりらしい。

「お前さん、さては経験があるとみえるが、わしの方がずっと長く、この生活をやっているよ。どこに行けばうまいものにありつけるか、言われるまでもない。たまには屋敷のものも味わってみたいと思って、わざわざ来たのさ」

老人は乾ききったパンを拾いあげると、その場に座り込んだ。

「わしはこう見えて呪いをかける特技がある。このまま見逃してくれるなら、お礼代わりに一人、呪い殺してやろう」

老人の言うことはにわかには信じがたいものだった。

「そんなこと、できるもんか」

男は吐き捨てた。
だが、心のどこかでは『もし本当にできるのなら……』という気持ちもあった。

「できるとも」

老人の目には、ギラリと恐ろしい光が宿っていた

「わしは今まで、二十人ばかり呪い殺して来たんだ」

男はしばし黙り込み、それから、周りに人がいないのを確かめて、重々しく口を開いた。

「俺を使っている金持ちが憎い。そいつを呪い殺してくれ」

老人が、黄色いぼろぼろの歯を見せる。

「ほう。主人を呪い殺せとは。何かひどい仕打ちでもされたのかね」

尋ねる声は、どこか楽しげだ。
それが男の神経を逆なで、感情を一気に爆発させた。

「あいつは親父の仇なんだ! 親父は、寒さと飢えに苦しみながら死んでいったんだ。あいつも同じ目にあわせてやらなきゃ、気が済まない! いや、あいつはそうされて当然なんだっ」

最後に激しい感情をむき出しにしたのは、いつだっただろうか。
言い終えた男は、興奮を冷ましながらそんなことを思った。

「いいだろう」

老人は、にやりと口の端をゆがめた。

「だが、方法はこっちで選ばせてもらう。かまわんな?」

「ああ、好きにしろ」

男はうなずいた。

もう、少しのためらいもなかった。

この老人がでたらめを言っていたとしても、自分には失うものなどないのだから。


それから幾日かが過ぎた。

その日、金持ちは屋敷にいなかった。
新しく出来たという客船の処女航海に招待され、三日前から家族連れで出かけていたのである。

朝から床磨きをしていた男は、視界の端に汚れた衣服をとらえた気がした。

――あの老人か?

顔を上げたが、周囲には誰もいなかった。

どうやら見間違いのようだ。

頭を振り、黙々と床磨きを再開した、その時。

「た、大変だよ!」

中年の召し使いが新聞を片手に、屋敷に飛び込んで来た。
何か恐ろしい物を見たかのように、真っ青な顔でつばをはきながら、召し使いは次のように叫んだ。

「ああ、なんてこと! 旦那様の乗ってらした船が、タイタニック号が、氷山にぶつかって沈んだそうだよ!」

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
ああ! あの話につなげたんですね!
他の依頼があった方も、あの船に乗せたのかもしれませんね。笑
けビン
2008/07/25 22:22
感想ありがとうございます。

それ、ありそう。<他の依頼
これで保険金がかけてあったら、完璧ですね。
老人への報酬はご飯だけで済むし。
うーん、恐ろしいなあ。

よろしければ、またおいで下さいませ。
鈴藤 由愛
2008/07/26 06:43
あ〜なるほど。タイタニック号に乗り合わせた一人一人に人生があるんですものね。辿っていけば、親戚とかがけっこういたりして。
老人の報酬はご飯だけというけれど、恋愛が空腹を満たしてくれるわけじゃなし、「ご飯」て案外重要ですよ。
つる
2008/07/26 20:24
凝ったお話ですね。オチだけじゃなくプロセスも面白くて読み入っちゃいました。
分岐点は呪いの老人だけじゃなくシンデレラの魔女とか、いろんなパターンが考えられそうで、想像力をかきたてられますね。
オチもすっきりしてて面白かったです。
ia.
2008/07/26 21:51
感想ありがとうございます。

つる様>百人いたら百通りの人生ありますものね。
言われてみると、ご飯って大事ですね。反省反省。
私は食べるのが好き〜。

ia.様>シンデレラはいつか書きたいですね。
ただ私の場合、童話を扱った話はロクな目にあわないパターンが多いのですけど。

よろしければ、またおいで下さいませ。
鈴藤 由愛
2008/07/27 09:56
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