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zoom RSS 続・当たりくじ

<<   作成日時 : 2008/03/30 22:33   >>

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*このお話は、「当たりくじ」の後日談です。

とある小さな町の漁港に、一人の男が現れた。
片手に花束とカバンを持った、壮年の男である。

男は漁港を横切り、波止場を目指して歩いた。
波止場には船が何艘かつながれており、さらにそこから先にある空いたところを男は目指す。
朝方なら漁師で賑わう港も、昼間……しかも市場が休みの日ともなれば無人である。
そのため男は誰ともすれ違うことなく目的の場所までたどり着いた。

――もっとも、男はそれを望んでこの日時を選んだのだが。

男は目指す位置に着くと、持ってきた物を足元に置き、目を閉じると海に向かって手を合わせた。

――許してくれ。

心の中で、彼は何度もその言葉を繰り返した。

男の友人は、この波止場から遠い遠い海原のど真ん中で命を落とした。
二十年ほど前、乗っていた船が座礁したのが全ての元凶だ。
だが、男の友人が死んだのは、船の座礁が直接の原因ではない。

……忘れられようか。

あれから何度も、夢に見た。
そのたびに、「自分はさっきまで予知夢を見ていて、今こちらが現実なのかもしれない」と考え、結末を変えようとあがいた。
くじ引き以外の方法を提案したり、もう少し待とうと提案したり、色々と試した。

しかし、全てはやはり夢だった。
目覚めるたびに、彼は現実に打ちのめされ、やりきれなさと己の罪深さに泣いた。

そしてそのたび、強烈に記憶が脳みそに焼きついた。

……忘れられようか。

友人と自分、そして船長の三人が乗った救命用のボート。
待てども待てども救助は来てくれず、食料も水もつきた極限状況の中で下された、恐ろしい選択。
ナイフを振り下ろされた友人が、血まみれになりながら呟いた最期の言葉。

『あはは……やっぱり、私はくじ運が悪いな……』

結果、自分と船長は生き延びた。
……そこに至る過程を思い出すのは、今でも身をねじ切られるように苦痛を伴う。

どのぐらいの時間が経ったのだろうか。

やがて男は目を開け、花束を海に捧げた。
それから、カバンを開けて中身を取り出す。
カバンの中身は、とある地方で作られている地酒だ。
この酒は、死んだ友人が大好きだったものだ。
生まれ故郷の地酒だとかで、飲む機会があるたび喜んで地元の話をしていた。

男は酒ビンのふたを開けて中身を海に注いだ。

――こんなに遅くなって何が弔いか、なんて怒るかな……。

自嘲で口元がゆがむのを、どうにも押さえきれなかった。

と、誰かの気配を感じて、男は振り向いた。

「あなたは……」

すっかり老いぼれて、どこか疲れ切ったような姿だが、間違いない。
二十年前、一緒に救命用のボートに乗っていた船長だ。

「……あんたも、来ていたのか」

言葉少なに船長は男を見た。
その目は暗くよどみ、心労を重ねてきたことを物語っていた。

「ええ。今日が一番、落ちついて弔えると思いましてね」

男は海の方へと視線を戻し、それからビンをカバンにしまい込んだ。

――この二十年間、安穏と暮らしていたわけではない。
お互いがお互いの様子を見て、それを素早く察知していた。

あの後、運良くヘリコプターに発見されて生還し、祖国に帰り着いた二人を待っていたのは、マスコミの取材の嵐だった。
センセーショナルな話題を提供して飯を食べている彼らが、この事件を取り上げないはずもなかった。
視聴率、販売部数、数字を稼ぐ事しか頭になく、取材されている側の心の痛みなど考えてはくれない。

「人肉食」
「極限状態の中、二人が取った恐ろしい選択とは――」
「発見がもう少し早ければ、そんな選択をしなくても済んだのです。これは国民の命を守るべき政府の怠慢が引き起こした悲劇と言わざるを得ない――」

そっとしておいてくれ!
俺達だって、そんな選択をしたくてしたわけじゃないんだ!

男は勤めていた会社にいられなくなり、親兄弟や親戚からも付き合いを断られ、やがては妻子まで彼から離れ――たった一人になってしまった。
あれから、二十年。
ようやく静かに暮らせるようになるまでに、それほどの時間がかかった。
これまで、きちんと弔いに来れる機会もなかった。

男は、船長と会話をする気になれず、しばらく、波の音とウミネコの鳴き声を聞いていた。
会話をするとして、一体何を話すというのだ?
あの事件のことを触れられるのが一番辛いということは、よくわかっているではないか。

「あんたに、聞いて欲しいことがある」

船長が、突然こちらに声をかけてきた。
おそらくは勇気を振り絞って発言したのだろう。
その声はかすれ、震えていた。

「なんです?」

男がいぶかしげに見ると、船長はポケットに片手を突っ込んだまま、探るような目つきを返してきた。

「おれは、三本のこよりを作って当たりを一本入れて、お前達に引かせた……そうだな?」

「ああ」

あの事件のことは、できるだけもう触れられたくない。
男は自然と無愛想な答え方をしていた。

「じゃあ……もう一回、引いて見てくれ」

言いつつ、ポケットから出された船長のもう片方の手には、こよりが三つ握られていた。

「な……!」

過去のあの瞬間が甦り、男は強烈なめまいに襲われた。

「あの時と同じように、当たりは先が赤く染めてあるやつだ。一本引け」

ずい、と船長は手を突き出してくる。
男はたじろいで、一歩退いた。

「いいから、一本引くんだ」

男は、船長がどこか必死な形相をしていることに気付き、ハッとした。
一体どうしたというのだ。
額に、脂汗がにじんでいる。

……仕方なく、男は一本を引いた。
船長のゴツゴツとした手から、するりとこよりが引き抜かれる。

「う……」

こよりの先は、赤かった。
――当たり、である。

「お前、当たりを引いたか」

「ああ……」

男の胸の中に、苦々しいものがいっぱいに広がっていく。

――もし、あの時俺がこれを引いていたなら。

友人を失うことも、苦しみ続ける日々も、なかったのに。
今更どうしようもないことを考えていると、船長は男に向かって、残り二本をにぎりしめていた手を開いて見せた。

男の目が見開かれる。

「これは……!」

どういうことだ。

男は我が目を疑った。
こんなことはあり得ない。

自分の手に握られたこよりを確認するが、やはり先が赤い。

なのに……当たりがもう一本残っているのはどういうことだ?

船長の手が、だらりと力なく垂れる。

「おれは……どうしても、どうしても生きて帰りたかったんだ。残して来た妻は妊娠していて、おれが帰るあたりが出産予定日で……! 死にたくなかった! 妻と、生まれてくる子供のことが気掛かりで、死んでも死に切れなかった。だから……だから……」

船長は足元を見つめ、苦しげに声を発する。

「だから……あの時、おれは鬼になることにした」

船長は、血を吐くようにして言葉を口にした。
男にはその瞬間、海から吹きつけてくる風が、強さを増したように思われた。

「当たりは二本用意していた。何とか理由をつけて、あんた達に先に引かせるつもりだった」

彼は、身震いした。
あのくじは初めから、自分か友人か、どちらかが犠牲になるよう仕組まれていたのだ!

「許してくれ、どうか、どうか……!」

船長は崩れるように土下座をして、涙をぼたぼた流す。
老いぼれた者の土下座する姿ほど、惨めなものはない。

男の頭の中を、怒りとも悲しみとも憎しみともとれるような感情が巡った。
だが……非難する言葉は、出てこなかった。

――俺に、この人を非難する権利はない。

自分だって、結局は友人を見殺しにしたのだ。

――俺だって、死ぬのが怖くて、あいつを差し出したんだ。

あの時、友人を助けようと考えすらしなかったのが、その証拠だ。

「……今度、もし、船に乗る事があったら」

男は、船長ではなく、海をじっと見つめた。
揺れる海面は、太陽の光を受けて、ギラギラと銀色の光を放っている。

「その船は、座礁しなければいいな……」


ウミネコの鳴く声が、大きくなったような、そんな気がした。


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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
当たりくじには秘密があったんですね。
あっちと視点を変えた話で、こっちにはこっちで事情があったんだ。「プラトゥーン」とかそのへんの映画を思い出しちゃった。2人にとって人生が左右されるような体験だったんですね。重厚なテーマだわ。
つる
2008/03/30 23:24
感想ありがとうございます。

あんなことを経験したら、人生変わりますよ、きっと。
前回の話を書いた後、一本だけ当たりということにしたけど、じつは船長ズルできんじゃねーの、という所からアイディアが浮かびまして。
今回形にしました。
プラトゥーン……見たことない。

よろしければ、またおいで下さいませ。

鈴藤由愛
2008/03/31 06:57
すごい!
映画になりそうなストーリーですよ。
私の頭の中ではすっかり男は高倉健で船長は三国連太郎さんです。
もしかしたら船長は自分だけ助かりたかったんじゃなくて誰がひいても恨みっこなしにしたかったんじゃないかと想像してました。
そうか…やっぱり助かりたかったのか。

2008/04/01 08:36
感想ありがとうございます。

なんて渋い&素敵なキャスティング!
監督は山田洋二さんでせひ(妄想やめい)
私がくじのトリックを思いついたばっかりに、船長は卑怯者になりました。
思いつかなきゃ単なる運の問題だったのに。
船長ゴメンなさい。

よろしければ、またおいで下さいませ。

鈴藤由愛
2008/04/01 21:39
おお、続編ですね、こんなミステリー要素が秘められていたとは……。先が気になって、ぐいぐいと読めました^^ついつい「ひか○ごけ」を思い出しちゃいますねー。
レイバック
2008/04/03 22:51
感想ありがとうございます。

あ、それ聞いたことあります。<ひか〇ごけ
子供ん時週刊誌に載ってるの見ました。
こよりのトリックを思いついてから書きたくて書きたくてしょうがなかったので、書けた今は満足です。

よろしければ、またおいで下さいませ。

鈴藤由愛
2008/04/04 07:31
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