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zoom RSS 私と魔女

<<   作成日時 : 2007/12/28 22:26   >>

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私は、とある小さな町の教会で神父として生活している。
神学校を卒業したばかりの若造だが、生まれついての生真面目な性格が幸いし、町の人達にも信頼されている。

ありがたいことだ。

眠る前に一日の行動を思い返し、神に感謝するのが毎日の日課である。

だが、このところ、私はあまりよく眠れていない。

町の中に、魔女がいることに気付いたからだ。
魔女はよほど巧みに町の人達を欺いているのだろう、誰に聞いても「おとなしくて心の優しい、いい娘」という評判しか聞こえてこない。

だが、私にはわかる。
一見虫も殺さぬようなあの娘は、魔女なのだ。

現に、神父である私は魔女にとって一番目障りな存在らしく、術をかけられている。

まず、彼女の近くにいると心臓が掴まれたように跳ね上がる。
見かけただけで、同じことが起きる。
他にも、どうしようもなく全身が熱くなったり、呼吸が止まりそうになったりもする。

これが術を使っているのでなかったら、一体何だと言うのだ?

神父である私ですらこの有り様だ。
純朴で善良な人々など、疑い始める前に魔女に支配されてしまうだろう。

このままでは危険だ。
神父として、この町の人達を守らなくては!
だが、有効な手立てが何も浮かばず、私は天井をにらむばかり。

こんな形で、寝不足の日々が続いている。

ふがいない、全くもってふがいない!

私は今夜も寝返りを打つ。


「あ……おはようございます、神父様」

翌朝、散歩に出かけると、魔女に出くわした。

私は目を合わせない。
魔女と目があったが最後、虜にされてしまうからだ。

「あの……」

ふん。
魔女の言葉に耳など貸すものか。
私はひたすら前だけを見つめ、背すじをピンと伸ばして早足に歩き去る。

その時、後ろの方でいかにも悲しげな小さなため息が聞こえた。

……あの魔女のため息だろう。

同時に、私の心臓がじくりと痛む。

なんという恐ろしいことだ!

離れた位置にいる私の心臓をしめ上げるなどと、きっと術を使ったに違いない。
間違いなく、これは脅しだ。
目を合わせておとなしく虜になれば良いものを、抵抗などしたから気に入らなくてやったのだろう。

いや、そうだ。
そうに違いない!

私は教会にとって返すと、聖水で我が身を清めた。

ああ、何ということだ!

目を閉じると、あの魔女の姿が浮かんでくる。

あの、栗色の巻き毛に白い肌、夜の静寂をたたえたような黒い瞳に柔らかそうなバラ色の唇の……違う違う違う!

私は慌ててガスガスと机に額を打ちつけた。
な、何を考えているのだ私は!
私はどうやら、すでに魔女の術中にかかっているようだ。

この、神父である私が。

神に任える身である私が。

魔女の術に屈すると言うのか?

ああ、主よ。
我を守りたまえ。

私は十字を切り、祈りを捧げた。

「神父様〜、神父様〜」

その時、教会の扉を叩く者がいた。

あの声は確か……大工の息子の声だ。

私とそう変わらない年齢だが、女遊びにうつつを抜かす、大馬鹿ものだ。
年老いていく両親を見ても、己の生活態度を改める気にならないらしい。

「……何の用だ」

扉を開けてやると、男はニヤニヤ笑って入ってきた。

「いや〜、実はこないだ付き合った女が旦那持ちでさ。不倫しちゃったから告解に来たの」
「馬鹿ものが。告解さえすれば不倫をしてもいいというわけではないのだぞ」
「まーまー。固いこと言わないでよ神父様」
「ふん」

私は仕方なく、この男の告解を聞いてやった。




「悪いことは言わん。真面目な生活をするんだ。両親だっていつまでも生きているわけじゃないのだからな」

告解を聞き終えた私は、見送りがてら、彼に忠告してやった。

もう少し優しい言葉で諭すべきかも知れないが、女絡みの告解ばかり何十回と聞かされ続ければ、さすがに優しい言葉を使う気にはなれない。
彼はおそらく、厳しく言わねば聞く気にならない人間、というやつだ。

「へいへ〜い」

厳しく言ったというのに、あまり真面目に聞いていないようだ……。

「そういや神父様、あんたメアリには妙に冷たいらしいな?」

不意に、男が呟いた。
メアリ、というのは魔女の名前だ。

「だからどうした?あの娘は魔女だ。不用意に近づくものではない」
「おいおい、あんなかわい子ちゃんを魔女呼ばわりかよ。俺なんかちょっと一回お願いしてみたいって思ってんだぜ」

……何だと?

私は、眉をひそめた。

「遊び慣れた女は扱いも楽だしさ、ベッドの上でも色々サービスしてくれるよ。でもさ、経験ない清純な娘にこっちから攻めてくのも楽しいし。メアリ、純情なわりに良い体してんだよな。か〜っ、たまんねえ」


私は、がしっ、と男の頭を掴んだ。
指先に、知らず知らず力がこもる。

「な……何だよ?」

男が引きつり笑いを浮かべて私を見る。

「お前、今何と言った」

「へ」

「あの娘に近寄るな。あれは魔女だ。私はまだ屈せずにいられるが、お前のように堕落した人間など、あっという間に虜にされてしまうぞ。虜にされたが最後、お前は悪魔に魂を売り渡し、自分の意思とは無関係に悪事をはたらくようになるのだ。死後、その魂は地獄の底に落ちることだろう」

こんな、快楽にしか興味なさそうな馬鹿ものでも、魔女の脅威から守ってやらねばなるまい。
私はいかに魔女が恐ろしいか、自分が今感じている体の変調とあわせて諭してやった。

私の話にしばらく呆気に取られた顔をしていた男は、急に意味深な笑みを浮かべると、

「あー。なるほどね。そうかそうか。うんうん」

何度もうなずき、

「ある意味、確かに神父様にしてみりゃ魔女だわな。ま、安心しなよ。手は出さないでおいてやるからさ」

言うと、男はニッカと笑い、手をひらひらさせて出ていった。
どうやら、一応理解したらしい。
私はため息をつき、その後ろ姿を見送った。

やれやれ、と教会の中に戻ろうとした時だ。


「神父様、いらっしゃいますか?」


魔女の声だ!

私の心臓が跳ね上がる。

おのれ魔女め!
お前の術にはかからんぞ!

「神父様、いらっしゃいますか?」

返事をしてはまずい。
私は慌てて教会の扉を閉め、開けられないようにと背中を押し付けた。

「神父様、いらっしゃいますか?」

魔女の声は、まるで美しい鳥のさえずりのようだ。
気をしっかり持っていないと、いつまでもいつまでも聞いていたいという欲求が頭をもたげてくる。

「神父様、いらっしゃらないんですか?」

「いない!」

しまった!

私は慌てて口を手でふさいだが、無論手遅れだ。
ああ、どうするんだ。
私がいるとわかってしまうではないか!

「あの……朝お見かけした時、何だか体調が思わしくなさそうだったので……お体は大丈夫ですか?」

扉越しに、魔女はなおも話しかけてくる。

「あの、家で取れたプラムなんですけど……良かったら神父様にと思って持って来ました。甘酸っぱくて、食べると元気になれるんですよ」

聞くまいと耳をふさいでいるのに、魔女の声はどこまでも入り込んでくる。

甘美なしびれが体を貫く。

このままでは……このままでは、私が私でいられなくなる!


「帰れ!」


私はやっとの思いで、怒鳴り声を張り上げた。

――沈黙。

すん、とかすかな音がした。

「神父様、私のこと……そんなにお嫌いですか……?」

か細く、震えた声。
泣いている……というのか?
私は目眩をおぼえた。

そのうち、遠ざかる足音が聞こえてきた。

ああ、ああ。

体の奥底から、わけのわからない衝動が突き上げてくる。

私は、ちょうつがいが馬鹿になりそうなほどの勢いで扉を開けると、全力で走り出した。
私の体は今や、私の意思とは無関係に動いていた。

だから、だから……。

全力で走って魔女に追い付き、その小柄な体に腕を伸ばしたのは、私の意思などではない。
体の方が勝手にしたことだ。

「あ、あの……」

気が付くと私は、魔女を腕の中にかき抱いていた。

柔らかで小柄な体。
呼吸をする度に、魔女の髪の匂いが鼻をくすぐる。

心臓が、今までにないほどバクバクと音を立てている。

間近に見た魔女の素肌は、思わず触れたくなるほど滑らかだった。
肌だけではない。
髪に、唇に、全てに触れたいという衝動が、体の奥底から沸いてきた。


私は……私は……私は。


私は体から力が抜け落ち、バタンと倒れた。

「神父様、神父様!」

魔女の声だけが、妙に耳に残っていた。




「……んで、神父様がぶっ倒れたってわけ?」
「はい……」

教会の長椅子に寝かされた神父のそばで、大工の息子とメアリは話をしていた。

「しかし、いきなり抱きしめるなんて、神父様も大胆だねえ」

その言葉に先ほどのことを思い出したのか、メアリは頬を赤らめてうつむく。

「神学校じゃ、恋は教えてくれないんだろうな」

大工の息子はしみじみとつぶやき、それから、手帳のページを破いて何かを書きつけた。

「んじゃ、神父様が起きたらこれ渡しといてくれよ」
「え……」

メアリが困惑気味に見上げると、大工の息子は頭をかき、苦笑した。

「俺は忙しいんだよ。次のアバンチュールを求めに行かなきゃいけねぇからさ。じゃあな」


大工の息子が残していった紙切れには、こう書かれていた。


「これからは魔女じゃなくてスイートハニーとか愛しの君とか子猫ちゃんとか、何でもいいから変えて呼んでみな。さすがのアンタでも何かに気付くだろ」


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
おお、まさしく魔女です。魔女以外のなにものでもないです。
神父さんの戸惑いを大工の息子の口から説明させちゃうところが憎い演出でした。
メアリもまんざらじゃなさそうだしなんだか楽しいお話でした。今年のラストにふさわしい。
また来年も楽しみにしています。良いお年を。
つる
2007/12/29 21:33
感想ありがとうございます。
今年最後ということで、ちょっと長めな話にしてみました。
前回は失恋の話を書いたので、ラブコメのノリで。

最近書く気力の沸かない状況が続いてますが、そう言っていただけると励みになります。<来年も楽しみに〜
今年、つるさんには毎回感想をいただいて、ホントに励ましてもらいました。
時間がなくて書く気力がなくてグダグダで書いた話にも感想をいただいて、「よし、次こそ自信持って読んでもらえる話書くぞ!」と気合いを入れなおしたことも度々です。
(成果が出てるかどうかは謎ですが)

今年はホントにありがとうございました!
来年も週1更新を守り通して頑張りたいと思います。

良いお年を。
鈴藤 由愛
2007/12/30 23:35
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