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<<   作成日時 : 2007/09/28 21:42   >>

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昔、あるところに、子返し神社と呼ばれる神社があった。
その名の通り、お参りをすると、生き別れになった我が子に再会できるという、不思議な神社である。
神社は高い山のてっぺんにあり、たどりつくためには長い階段を上らねばならない。
決してゆるやかとはいえない階段であり、神社につく頃にはクタクタになっている。
それでも構わず上るのは、親が子を思う情ゆえのことだろう。

(へっ、何が親の情だよ)

子返し神社に続く階段の中ほど。
弥助は、草むらの中に身を潜めながら、不意にむしゃくしゃとした気持ちになった。
理由は単純。
彼には、親がいなかった。
つまり、嫉妬やひがみに似た感情である。

物心ついた時、すでに彼は一人ぼっちだった。
同じように親のない子供達と行動を共にし、やがて盗みをはたらくようになった。
しかし、同じ境遇の子供達の中にも、優劣だとか順位だとか、そんなものがある。
弥助は、一番下の身分だった。
いつもいつも誰かにしいたげられ、いじめられ、理不尽な暴力に耐えた。
だから、弥助には結局、親しい仲間だとか友達だとか、そんなものはいなかった。

十五を過ぎた頃、へまをして町にいられなくなったのをきっかけにして、あてのない放浪を始めた。
放浪の途中、こんな生活ではいけない、と足を洗うべくまっとうな職についたこともある。
しかし、結局うまく行かなかった。
三つ子の魂、百までも。
人間不信の性根が邪魔をして、いつまで経っても誰とも打ち解けられず、それが元でいわれのない誤解を受けるようになり、結局そこにいられなくなったのだ。

いつしか弥助は、神社を目指して階段を上る人の前に現れては、神社で下働きをしているふうを装い、親切で荷物を持ってやるふりをし、途中で殺しては金品をはぎ取るという生活をするようになった。

最初はビクビクとし、人の命を手にかけた罪悪感から眠ることすらできなかったが、数えるのも面倒なほどやってしまうと、もう何も考えなくなった。
場数を踏んで慣れてしまった、ということだろう。

(俺には、もうこんな生き方しかないんだ)

時折、思い出したように沸いてくる罪悪感だとか「このままで本当にいいのか」という疑問を、弥助はそんな言葉で流してしまうようになった。

そして、今日も。
弥助は、草むらの中で息を殺し、階段を上がってくる「獲物」を待っていた。

「獲物」が夫婦で来た場合は、まず手を出さない。
二人も襲うのは容易ではないからだ。
女が一人でやってくる、という状況が理想的だ。
じりじりと太陽に焼かれていると、一人の女が階段を上ってくるのが見えた。
年のころ、四十代ほどの小太りな女で、胸の前で風呂敷包みを大切そうに抱えている。
今日の獲物は、こいつにしよう。
弥助は女の前に現れた。

「あんた、この上の神社に行くのかい」

人のよさそうな笑顔を浮かべ、話しかける。
いつもなら、その笑顔に安心した獲物は柔らかい表情とともに「ああ」とか答えてくるところだ。
だが女は、いつもとは違った反応を見せた。
弥助の顔をあ然と見つめたまま、動かないのだ。

「どうしなさった。俺の顔に何かついてるかい?」

弥助が問いかけると、女はハッとして笑顔になった。

「あ、いや、なんでもないよ。あたしの知ってるやつに、なんとなく似ていたからさ」

弥助はなんとも思わない。
今までにも何度か言われたからだ。

「へえ。そいつはきっと男前だね」
「あっはっは。自分で言っちゃおしまいだよ」

女は楽しげに笑い、弥助も微笑んだまま。

「それはそうと、あんた、この上にある神社に行くところかい?」
「ああ、そうだよ。ちょっとお参りにね」
「それはそれは。だがよ、神社まで行くのは大変だぜ。階段はまだまだ続くし、途中でへたばっちまったら誰も助けてくれねぇ。どうだい、荷物を持ってってやろうか?」
「そりゃ助かるねぇ。だけど、いいのかい?」
「かまやしねぇよ。俺は神社で下働きしてるんだ。階段だって慣れたもんさ」
「じゃあ、お願いしようかねぇ」

女は、全く警戒した様子もなく、風呂敷包みを差し出してくる。
弥助は人の良さそうな笑顔とともに受け取り、女とともに歩き出した。

ここまでは、成功。

弥助は、内心、にやりと笑っていた。

「下働きをやって、今年で何年になるんだい?」
「そうだなぁ、三年ぐらいにはなるかな」
「お里にいる親には、もう会っていないのかい?」
「いや、俺は生まれついての一人もんだよ。親も兄弟もありゃしねぇ」

階段を上りつつ、女とどうでもいい話をする。

「ところであんた、もしかして北の方の出身かい?」
「よくわかったなぁ。俺は十五になるまでそこにいたんだ」
「言葉にちょっとなまりがあるからね。なんとなく、そうじゃないかと思ってね」

話しつつ、女はちらちらと弥助の顔を見る。
顔立ちが良いので見惚れている、というわけではないようだ。
どこか切実な感情が見え隠れしている。

「あんた……名前、教えちゃくれないかい?」

突然の言葉に、弥助は足を止めた。
今まで、こうして階段をのぼりながら話をし、殺した連中は誰一人そんなことを言わなかった。
それはつまり、深く関わろうとしない意思の現れである。

この女、なぜそんなことを言う?
俺の名を聞いて、どうするつもりだ?

弥助は、胸の中がもやもやとした。

面倒なことにならないうちに、殺してしまうべきか。

弥助の中で、ゆっくりと、暗くて狂暴な感情が満ちてくる。

しかし同時に、弥助の心の中に、今までとは違う妙な感情が芽生えてきた。
ためらい、である。

――どうした。
早くやらないか。
もう何度もやってきたことだろう。
簡単だ。

でも。
でも。
でも……どうしてか、体がいつものように動かない。
理由はよくわからないが、やりたくない。
気が進まない。


――やれ。
やれ。

やれ――!



弥助は、いきなり女を張り倒すと、馬乗りになって力一杯女の首を締め上げた。
女は目を見開き、手をばたつかせて抵抗する。

「おとなしくしやがれっ、このっ!」

弥助は、手近なところに転がっていた石をつかむと、女の顔めがけて振り下ろした。
何度も、何度も。
女が動かなくなるまで。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァ……」

弥助は、ようやく、女から手を離した。
体中から油のような汗をかき、顔は青ざめ、呼吸は荒い。
女の顔はすでに原型をとどめておらず、二目と見られたものではない。
……いつもより、手ひどくやってしまったか。
重苦しい気持ちになりながら、弥助は女の持っていた風呂敷包みに手をかけた。

――と、足に違和感を覚えた。

見ると、女が、弥助の足をつかんでいた。
まだ死んでいなかったのか。
弥助は、石を握りなおし、もう一度殴りつけようとした。

「ごめんねぇ……ごめんねぇ……」

うわ言のように、弱々しい声で女が繰り返す。
弥助は、ピタリと殴りつけるのをやめていた。

「……ごめんよ……親のあたしらが食べていくのに精一杯で、あんたを捨てた……まだ、物の名前すらはっきりわからないようなあんたを……町に置き去りにして……」

血みどろの中から、悲しい瞳が弥助を見つめていた。

「わびても、わびても……足らないよねぇ……殺したくなるほど、憎いよねぇ……許せるはずない、よねぇ……」

女が声を詰まらせる。
泣いているのかもしれない。

「あは、は……ここで死ぬのは……あたしにとっちゃ天罰さ……ねぇ、弥助……」

女はそれきり、本当に動かなくなった。

弥助は、ぶるぶると震えた。

女は、確かに自分の名を呼んだ。
だが、自分は名を名乗っていない。

それが何を意味するか。
女は最初から自分の名を知っていたということだ。

そもそも『弥助』という名前は、物心ついた時、着ていた着物にぬいつけてあった名前である。
そこから取って、周りが『弥助』と呼ぶようになったのだ。
着物にぬいつけてあった名前。
それは、最初から自分につけられた名前だったのだろうか。
そしてそれを名乗られる前に呼んだ、この女は。

(まさか、この女……)

いないものとばかり思っていた親。
いたとしても、自分を捨てた薄情でどうしようもないくずのような人間だろうと思っていた親。

それが、実際はどうだ。
確かに子供を捨てはしたが、神社へお参りに来るほど、後悔しているではないか。
それを、それを、自分は。

弥助は、不意に、己の右手に視線を落とした。
血に濡れた石を握り締めた、手。

「うわあああ――っ!」

絶叫し、石を放り投げ、転がるようにして階段を駆け降りていく。
頭の中はもう真っ白で、そのくせ色んな物が渦を巻いていて、真剣に問い詰めたら間違いなく狂い出しそうな気配がする。



弥助のその後は、定かではない。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
こわくて悲しいお話ですね。幼少時の体験てその後の人生に長く尾を引くのでしょうか。

ちょっと関係ないかもしれないけれど犯罪を犯す人の心理って気になってよく見るサイト(『無限回廊』)があるんです。環境が人をつくるとばかり言えないような気もするんですよね。生まれながらにして何かが欠落していることもあるんじゃないかとも思わせられます。でもやはりそこには人間臭さがでるんですね。お薦めは「津山30人殺し事件」と「三菱銀行猟銃強盗殺人事件」です。

http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/m.htm
つる
2007/09/30 13:33
感想ありがとうございます。
幼少時の体験もそうですが、不良少年が足を洗おうとしている時の周りの対応によっても人生は左右されると思います。

それはさておいて。

教えてくださったサイト、興味をひかれますね。
犯罪者の心理については私も多少興味ありまして、いくつか本を買ったりもしました。
が、先月買った雑誌には絶句。
だって、えっちぃ広告のページがいっぱい入ってるんだもの……。
裏表紙は出会い系だし、でも表紙はおどろおどろしいタイトルがずらずら並んでるしで、家族が見たら変な心配をしそうで、机の上に出しておけませんでした。

よろしければ、またおいで下さいませ。
鈴藤 由愛
2007/10/01 21:55
夜更かしでまた来てしまいました。
興味をひいてくださってよかったです。もうひとつ「オワリナキアクム」と比較して読むと面白いですよ。
ただこういうの読んでると犯罪願望があるんじゃないかと思われるのが厭で公に言えないです。言っちゃってるけど。
でもね。自分の中に善人にも罪人にもなりえる要素があると思うんです。だから興味をひくのかな。
えっちぃにはワラかしてもらいました。小説のテーマにエントリーしていると殿方がそういうのをモチーフにしてけっこう作品書くんですけどわたしはやはり苦手ですね。由愛さんもそうですか。
なかなかワラってさらりと流せませんよ。
今度来ていっしょにやっつけてやりましょうよ。
つる
2007/10/02 03:20
夜更かしはお肌の大敵ですわよ!(誰
こういうのを書いてみたり読んでみたり、っていうのはなかなか言えませんよね。
なんかあったら「犯人は以前からこういうものに興味を持っていた」なんて言われそうで。
フィクションの世界と現実は違うことぐらい、わかっとるわー!(だから誰

えっちぃのは……ねぇ、仕方ないですよ。
私も書きたいとは思いませんが、世間的には需要があるみたいだし。
検索ワードランキングなんかでもそのテの単語が毎回上位にいますし。
トラックバックにもこっそりそのテのが来てますし。
……ねぇ。
(今朝、ゴミ袋の中に「モザイク改良」のシールが張られたビニールを発見した鈴藤)
鈴藤 由愛
2007/10/03 21:10
続きます。
由愛さんコメ返しおもしろすぎ。

上のくだりで「なんかあったら・・」ていうところウチも100%言われますね。自信あります。
家庭内殺人が起こったら

「ふだんから馬事雑言、悲鳴、暴力的な物音が絶えないご家庭でした。」

「いつかはこんなことになるんじゃないかって主人とも話していたんですよ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ええ!間違いなく言われますとも!

つる
2007/10/07 02:34
不意に、思ったのですが。
何かあったとして、「いつかは〜」とか言われるのも嫌ですが、小学校の時の文集とか、中学校の卒業文集の内容が全国ネットで暴露されるのも嫌ですね。
へったくそで支離滅裂で大人ぶって書いた文章を、テレビで流されたくないっ!
鈴藤 由愛
2007/10/08 22:38
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