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<<   作成日時 : 2007/09/14 22:31   >>

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わたしは、十歳になったこの秋から、お父様とお母様のもとを離れて、寄宿舎での生活を始めた。

どうしてかというと、とても良い学校と評判の、全寮制の女子学院に入学したから。
一人前のレディになるためには、知識と教養を身につけなければいけません――見送りの時、お母様はそう言っていた。

わたし、本当は行きたくなかった。
だって、学院に入ったら、卒業するまでお父様とお母様には会えないんだもの。
特別な事情がないと、お家には帰れないの。
それも、先生に許可をいただかなくてはならないんですって。
お手紙はいくらでも出していいって言われたけれど、わたし、お手紙じゃなくて直接お話がしたい。
お父様やお母様の声が聞きたい。

学院に入って何日かが過ぎても、わたしはちっともこの学院のことを好きになんてなれなかった。
お父様とお母様が恋しいから?
ううん、違う。
クラスに、とっても意地悪な女の子がいて、わたしの巻き毛を「性格がひねくれているから、髪の毛までひねくれてるんだわ」なんてからかったり、いつも連れて歩いてる子達と一緒になって通せんぼをしたり、わたしのことを毎日困らせるから。

そして今日も、わたしは通せんぼをされた。
通せんぼだけならまだしも、「へそまがり」「泣き虫」とか、いろんなことをはやし立てられた。
さんざんはやし立てられて、わたしが涙ぐむと、笑いながらどこかへ行ってしまった。
わたしは悲しくなって、寄宿舎の裏の階段に座って、一人でしくしく泣いた。

もう帰りたい。
どうして、あの子はわたしをこんなに困らせるんだろう。
お父様とお母様に会いたい。
不安で、心細くて、死んでしまいそう。

後から後から涙が出てきて、止まらなかった。

「あら、こんなところでどうしたの?」

突然の声に驚いて顔を上げると、大きなカゴを持った、ほっそりした女の人がわたしのことを覗きこんでいた。
黒い髪を後ろの方で一つにまとめて、地味な服にエプロンをしてる。

ああ、この女の人、寄宿舎で掃除をしたり食事を作ったりしている人だ。

「なにか悲しいことでもあった?」

優しい声で言われて、わたしはなんだかお父様やお母様と一緒にいる時のように、気持ちが和らいだ。
それで、少し素直になって、こくん、と頷いた。

女の人はカゴを置くと、わたしの隣に腰を降ろした。
いきなりのことでちょっと驚いたけど、でも、不愉快じゃなかった。
無理矢理にでも近くに来てくれる人を、心のどこかで求めていたから。
……わたし、本当はとてもさびしかったんだ。

「よかったら、話してごらんなさい。誰かに話すと、胸がスッとするものよ」

「クラスに、とても意地悪な子がいるの。毎日わたしをからかったりするの。わたし、もう家に帰りたい」

わたしは、自然と口を開いていた。
どうしてかわからないけど、この人にだったら、何でも話せるような気がした。

「そういう子、まだいるのねぇ」

女の人は、ちょっと懐かしそうな顔をしていた。
そういえば、おばさんはここで何年も働いているんだ。
わたしのような悩みを持った子って、もう見慣れているのかもしれない。

「でも、そんなに気に病むことじゃないわ。辛いことや悲しいことって、いつまでも続くものじゃないのよ」
「……早く、終わって欲しいな」
「うふふ。大丈夫。私もそうだったから。あの頃は本当に辛かったけど、今はただ懐かしいだけよ」

わたしは、顔を上げて、女の人を見た。
「私もそうだった」とか「あの頃は」とか、なんとなく意味深な発言だったから。

「……私、実はここの生徒だったのよ」

わたしは、目を丸くした。
そんな話、聞いたことない。
この学院の生徒だった人が、どうして今、こんな……下働きなんてしているの?
確か、お母様は言っていた。
学院を卒業した人は、みんな、素晴らしい人生を歩んでいる、って。
大統領夫人になった人もいる、って……。

「どうして、って顔してるわね?」

女の人に頬をつつかれて、わたしはちょっと慌てた。

「ちょっと家庭の事情があって……通えなくなっちゃったの。お父さまの仕事がうまくいかなくてね、貧乏になっちゃったんだ。そのうえ、お父さまは亡くなってしまって……。本当なら学校を追い出されるところだったんだけど、学院長先生の計らいで、ここで働かせてもらえることになったの」

「悲しかった?」

「あの時はね。でも、今になって思うと、これで良かったのかもって思うわ。もしここで働きたくないって出て行ってたら、私は今頃どこかでのたれ死にしてるか、もっと辛い仕事をしていたかもしれないもの。だから、これで良かったのよ」

女の人はそう言うと、ふっ、とため息をついた。
……きっと、本当は「これで良かった」なんて思っていないんだ。
でなきゃ、こんなにさびしそうな横顔じゃないもの。

でも、それを言ってしまっていいのかよくわからなくて、わたしは黙っていた。

「ただ、今でも時々夢に見るんだけど」

女の人は、ほんのちょっと苦笑いをした。

「この学校の隣に、昔、お金持ちが住んでいたんだけど、その人が私を助けてくれるの。そのお金持ちの人が、私のお父さまの仕事を失敗させて死なせたって悔やんでいて、私のことを探していて……下働きから解放された私は、その人とインドへ渡るの。変よねぇ、会ったこともない人なのに、そんなことを夢に見るなんて」

遠くを見つめるような瞳に、わたしは胸が痛くなった。
本当に、それが現実に起こっていたなら、どんなに幸せだっただろう。

「そのお金持ちの人はね、私がここで働くことになった頃、引っ越してきたんだけど、その後またインドへ引っ越して行ったの。モスクワから、以前の仕事仲間の娘さんっていう子を連れてね」

その娘さんっていうのが、この女の人のことだったら、どんなに幸せだっただろう。

そう思っていたら、わたしの目、自然と悲しい目になっていたみたい。
女の人はわたしを見て、「あ」と自分の口を押さえた。

「ああ、ごめんなさい。あなたの話を聞いてあげるはずだったのに、私の話ばかりしちゃったわね。悩んでいるのはあなたなのに……」

「う、ううん。わたしの話なんて、大したことじゃ……」


「ちょっと! どこへ行ったの、早く掃除してくれないと困るじゃない!」


突然、寄宿舎の中から聞こえた大声に、わたしはビクッと身をすくめた。
この声は、学院長先生の声。
白髪だらけで腰の曲がったおばあさんだけど、とっても厳しくて怖いの。
わたし、初対面の時から苦手。

「あらら、見つかっちゃったわ。ごめんなさい、また今度、あなたのお話を聞かせてね」

女の人はニコッと笑うと、カゴを抱えて小走りに寄宿舎の中に入っていった。
その笑顔がなんとなく悲しく思えて、わたしは、女の人の後ろ姿を見つめていた。
女の人が寄宿舎の中に消えた後、学院長先生の怒った声が響いてきた。
わたしは、女の人のことがなんとなく心配になって聞き耳を立てた。

「仕事をおろそかにするなんて、感心しないわね。自分の立場を理解しているのかしら」
「すみません、ミンチン先生」
「まったく、身よりのないあなたを置いてあげたのは誰だと思っているの、セーラ!」


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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
わあ!小公女ですね。
すごく新鮮に感じました。

若草物語調にはじまったのですっかり裏切られましたよ。
それにこの語り口調も好きです。
つる
2007/09/14 23:05
感想ありがとうございます。
今回は、ちょっと今までと違う感じの書き方でやってみました。
書きながら「お嬢さまってこんな感じなのかぁ!?」と悶絶しました。えぇ。

あと……題材にしておいてなんですが、実は小公女はアニメ版しか見たことないです。
書くためにいろいろ調べてみたら、記憶とだいぶ違うところがありました。
記憶ってホントに曖昧なのねぇ、としみじみ思いました。

よろしければ、またおいで下さいませ。
鈴藤 由愛
2007/09/16 21:16
も・悶絶て・・コメ返しでワラカシテもらいました。だって
その前に「お嬢様」がはいっているんですもの。そのあと悶絶でるか?ふつう。
こういう裏切り感好きだなあ。
>記憶ってホントに曖昧なのねぇ、
ええ。悲しい別れのあと(フラレタと言え)初デートの喫茶店に行って、こんなにショボイところだったんかと悶絶スマスタ。
つる
2007/09/16 21:59
悶絶は毎回ありますよ〜。
マーフィーの法則で言う、「夜中に命がけで書いたラブレターほど、翌朝読むに耐えない」という状態を毎回味わってます。
……あれ、翌日だったか?

>初デートの喫茶店
う、美しい思い出が、なんだか悲しいことに!
でも私には語れるほどの恋の思い出がないので(グサッ)ちょっと羨ましい……。
鈴藤 由愛
2007/09/17 21:27
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