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zoom RSS C氏と靴職人

<<   作成日時 : 2007/08/17 21:29   >>

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その男の名を、仮にCとしよう。

C氏は、小さな町で医者をしている。
やってくる患者を診るのが仕事だが、動けない患者がいれば往診にも出かけた。

そんなある日のこと。

「先生、ちょっと診てくれや」

C氏とそう変わらない年齢の靴職人の男が、元気のない様子で現れた。
この靴職人は、今まで風邪一つひいたことのないのを自慢にしており、C氏が医者を開業した時も、「俺は一生世話にゃならねぇぜ」と豪語していたものである。

「どうしました」

C氏が尋ねると、靴職人は「いやあ……」とか「そのぅ……」とかモゴモゴと言うばかりで、一向にはっきりしない。
まさか、口に出して言うのがためらわれるような症状なのだろうか。
C氏は、ゴホン、と咳払いをした。

「あー……言いづらい事もあるかとは思いますが……」
「先生、別に商売女から変な病気をもらったわけじゃないよ」
「……そ、それなら……」
「それが……言っても、信じてもらえるかどうか……」
「でも、言ってみなくてはわかりませんよ。何より、診断ができません」

会話が途切れた。
悩み続ける靴職人が話すのを、C氏は辛抱強く待つことにした。
どのぐらいの時間が経ったのだろう。

「先生、俺さ……俺……頭がおかしくなっちまったんだ」

靴職人は、沈黙の末にぽつりと呟いた。
C氏は、思いもしない言葉に、しばらく唖然とした。

「なぜ、頭がおかしくなったと思うのです?」

気遣わしげな声で尋ねると、靴職人は頭を抱えた。

「俺が寝ている間に、靴が一足出来上がってるんですよ。誰の仕業か確かめようと、物陰からこっそり見張っていたら……小さい人間がわらわら出てきて、靴を作ってやがったんです。こんなの、こんなのあり得ない! 俺は頭がおかしくなったんだ、だから、あんな幻覚を……!」

聞きながら、C氏はふと思い出した。

「幻覚じゃないと思いますよ。それは、小人の仕業でしょう。聞いたことがありますよ。働き者の靴職人が眠っているうちに、小人達がやって来て……」
「先生!」

靴職人が声を荒げ、椅子を蹴って立ち上がる。

「そんなおとぎ話みたいなこと、あるわけないでしょうが! 俺をおちょくってるんですか! 毎日あくせく働いてる人間をおちょくるなんて、ひでぇや! あんた、それでも医者なのかい!」

興奮してまくし立てる、その剣幕の凄まじいこと。
C氏は、すっかり気圧されてしまった。

「お、落ち着いてください。軽率でした。すみません、謝ります」

慌てて謝ると、靴職人はどうにか落ちつきを取り戻し、転がした椅子を戻して座りなおした。

「やはり、働き過ぎで幻覚を見たのでしょう。しばらく仕事を休んで、栄養のあるものを食べて、ゆっくり眠ってください。よく効く眠り薬を出しますから、眠る前にそれを飲んでください」
「先生も疲れてるんじゃないのかい。いい大人が、おとぎ話なんか真面目に語るもんじゃないよ」

靴職人は、薬を受け取り、帰っていった。

「……やれやれ」

C氏は、頭をかき、溜め息をついて後ろ姿を見送った。

C氏がまだ幼い頃には、誰もが小人や妖精の姿を見ることができた。
しかし、機械が人間の代わりに作業をこなすようになってから、次第に見ることのできない人間が増え始め、やがて瞬く間に多数派となった。
少数派にまわった「見ることのできる」者達は、たとえ見えたとしても、見えないふりをするようになった。
先ほどのC氏のように、変人扱いされかねないからである。
いや、変人扱いで終わるだけならまだマシだった。
中には悪魔憑きと騒がれたり、精神病院に送られてしまう者もいた。

そんな時期を経た後、少数派の中にさらに変化が起きた。
少数派の子孫に限っての話だが、見えたとしても、それは自分の頭がおかしくなったためと思いこむようになったのである。
靴職人は、少数派の子孫に違いなかった。


急速に機械化が進んだ時代の話である。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
見えます。わたし見えます。
悪知恵という名前の妖精と嘘つきという名前の小人が見えます。
この能力のおかげで人を単純に信用しなくなりました。なんちゃって。
つる
2007/08/21 19:32
感想ありがとうございます。
物凄い組み合せのものが見えるのですね。
じゃあ私は眠気という名の妖精に、すきあらばつけ込まれるということで。
どんなに寝ても眠くてたまらないのが定期的にやってきます。きっと妖精の仕業です。

よろしければ、またおいで下さいませ。
鈴藤 由愛
2007/08/22 21:17
C氏と靴職人 プラスマイナス1/BIGLOBEウェブリブログ
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