プラスマイナス1

アクセスカウンタ

zoom RSS 斧が「どぼん」と。

<<   作成日時 : 2007/05/31 22:46   >>

トラックバック 0 / コメント 4

どぼん。

男の手を離れた鉄の斧は、池に落ち、そのまま底の方へと沈んでいった。

男は、木こりであった。
つまり、つい今しがた池に落ちた鉄の斧は、彼にとって商売道具と言ってもよい。
男は、斧の落ちた辺りを、じっと凝視していた。
誰しも、「斧を落としたのが、ショックだったのだろう」と思うに違いないが……実は、男はそれほどショックを受けていない。

男は、ある事を期待して、自ら斧を池に投げ込んだのだ。

(もし、あの話が本当なら)

そう思いながら、池の水面を見つめる男は目をギラつかせ、息すら忘れていた。

やがて、水面に小さな波が起きる。
男は喜び、次に起こるであろう事態に期待した。
池の中から現れたのは、金色の巻き毛に淡いドレス姿の女神だった。

(聞いた通りだ!)

男は思わず声を上げそうになったが、ぐっとこらえた。
何しろ、今は、この女神に哀れんでもらわなくてはならないのだ。

女神は美しい声で尋ねた。

「あなたは、一体どうして、池のほとりに立ち尽くしているのです?」

男は、深刻に悩み、悲しんでいる風な顔で、

「実は、池の中に斧を落としてしまったのです。ああ、一体どうしたらいいんだ! これじゃあ仕事ができない!」

そう嘆いてみせた。

「それでは、拾ってきてあげましょう」

女神の姿が、すうっと池の中に消える。

男は、深呼吸をする。
――ここからが、正念場だ。
もし、万が一、あの話が嘘だったなら、あの話通りにならなかったなら、何もかもおしまいだ。

戻って来た女神は、そのたおやかな手に、金の斧をたずさえていた。

「あなたが落としたのは、この金の斧ですか?」

男はこの時とばかり、

「そのオノです」

と答えた。

その答えに、女神は険しい表情になった。

「あなたは嘘つきな人です」

そう言うなり、金の斧を持ったまま、女神は泉の中へとすうっと姿を消した。
――戻ってくる気配はない。

ということは、永久に失われたのだ。
あの、投げこんだ鉄の斧は。

男は、ゆるやかに波紋を広げる池の水面を見つめながら、自分の聞いた話を思い出していた。



――ずっと、ずっと前。

男がまだ幼い子供だった頃に、祖父に聞かされた昔話。



「ワシはな、昔、森の中にある池のほとりで、木を切っておったのじゃ。ところがのう、手を滑らせてしまって、斧を、どぼん、と池の中に落としてしまったのじゃ」

「斧は一本きりじゃった……これでは生活ができなくなると立ち尽くしておると、池の中から、それはそれは綺麗な女性が現れてのう、ワシに言ったのじゃ。『どうして池のほとりに立ち尽くしているのか』とな。今にして思えば、あの女性はおそらく、池の女神さまじゃった」

「ワシは斧を落として困っていると伝えた。すると、女神さまはすうっと池の中に入っていくと、金の斧を持ってきた。そして聞いたのじゃよ。『落とした斧はこれか』とな。ワシはもうびっくり仰天してしまっての、必死で『違う』と言ったのじゃ。次に銀の斧を持って来たが、その時も『違う』と言った。金や銀に興味がないわけではないのじゃが、やはり、長年使ってきたあの鉄の斧が、仕事には一番だからな」

「そうして、三番目になって、やっと、ワシの鉄の斧を持って来てくれた。それがワシのものだと言うと、女神さまは『正直者だ』と喜んでの。ワシに、鉄の斧だけではなく、金の斧と銀の斧もくれたのじゃ」

「ワシは、有頂天でこの事をを話してしまった。それを聞いて真似をした奴がおっての。そいつは金の斧を見せられて『自分の斧だ』と言ってしまったために、金の斧も銀の斧も手に入らないばかりか、元々持っていた鉄の斧まで失うことになってしまったのじゃ」

「その後、そいつは『お前が余計な話をしたばっかりに!』とワシを責めてのう。さらにその話を聞いた村の連中は欲を出して、毎日のように池に斧を放りこむようになってしまって、結局、仕事をほったらかすわ、欲の皮の突っ張りあいをするわ、その挙句、村の中で殺し合いまで起きてしもうての。そのうち村の外からも金目当てのろくでもない連中が集まるようになってしまって……村は、昔のような、質素でも平和な生活に戻れなくなってしまったのじゃ」

「ワシは村にいられなくなり、金の斧と銀の斧を売り払ってこの村に移り住んで木こりの仕事につき、お前のばあさんと知り合い、そしてお前の父さんを授かった」

「村は、もう荒れ果てて人が住んでおらんそうだよ。良いか、決して、近付いてはならんぞ。あの池に関わると、ろくなことにならん」


池の水面から視線を外し、男はくるりと背を向けて来た道を戻り始める。
歩きながら、男はまた別のことを思い出していた。


――あの女。


ただ一度、社交辞令として容姿をほめただけなのに、それを勘違いしてしつこく結婚を迫ってくる女だった。
男の行く先々、どこへでも現れては結婚を迫り、二人の未来とやらを熱く語るのだ。
少しでも男が拒絶しようものなら、今度は「死んでやる」などとおっかない方向に突っ走る。

不気味で、何を考えているのかわからなくて、怖かった。
あの女がすぐに来るのだと思うと、どこにいても何をしていても、気が休まらなかった。
休息の場であるはずの我が家にいてさえ、男は常に緊張を強いられた。
女が家の外でこっちを見つめているのが、嫌でもわかるからだ。

――これ以上、耐えられない。

だから、男はその日、わざと人気のないところへ向かった。
案の定、女はそこへ現れ、男の行く先をふさぐようにして一方的に喋り出した。

男はもう、迷わなかった。
「こいつがいる限り、心の休まる日はないのだ。やらなければ俺が壊れる」と思うと、迷いは嘘のように消えた。

その証拠に、男は偽りであっても、その女に対して優しい言葉をかけることすらできたのだ。

「もう少し、こっちに来て話さないか?」と。


行動してみると、考えていたよりもずっとずっと簡単に事は運んだ。
金切り声を上げて助けを呼ばれたり、めちゃくちゃに抵抗されたりといったことはなく、女は斧の一撃であっさりと動かなくなった。

気絶、という意味合いではなく。


苦労の末、誰にも見つかることなく死体の始末を終えた男は、新たな問題に直面した。
凶器である斧を、どう始末するか、である。
男は、考えに考えた。
誰にも見つからない始末の方法を。

その頭に、突如、よみがえったのだ。
幼い頃、祖父に聞かされた、あの話が。



――男は、ちらりと池の方を振り向いた。



それから、あの女に奪われた日々の楽しみや喜びを、これから取り戻そうと心に決めた。


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
いつも 楽しみにしております。
おもしろいですw
ほお こうなるのかって 感じが・・・。
kon
2007/05/31 23:39
感想ありがとうございます。
そう言っていただけると、毎週、必死にネタをひねり出している苦労も報われます。
よろしければ、また次回もおいで下さいませ。
鈴藤由愛
2007/06/01 20:59
あの物語が、こんな風に!
ミステリアスな展開と意外なオチで、本当に面白かったです。
でもコワイ...場所は、池のほとりというより「火サス」の崖って感じですね(笑)
ia.
2008/03/01 00:33
感想ありがとうございます。
崖は崖でも、船越英一郎の出てこない崖ですね。
エンディングに「聖女達のララバイ」も流れないですね。
……わかるかな?

よろしければ、またおいでくださいませ。
鈴藤由愛
2008/03/01 22:11
斧が「どぼん」と。 プラスマイナス1/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる