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zoom RSS トマトのお酒

<<   作成日時 : 2007/05/09 22:09   >>

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仕事帰りに、スーパーに寄った。
母から「帰りにトマトジュースを買って来て」とメールで頼まれていたからだ。
ちなみに、三十缶入りの箱売りのを買って来いという話である。

自動車通勤している身だから、こういう重たい買い物をよく頼まれる。
……まあ、自分だって飲むものだから、文句を言える立場じゃないが。

ついでに、自分用として、小さな瓶入りのワインでも買おう。

スーパーに入り、頼まれていた箱売りのトマトジュースをカートに載せると、お目当ての酒類コーナーに向かう。
ワインの並ぶ棚には、大きさも種類も様々置かれている。

えぇと……どれにしようか。
いつも飲んでいる赤ワインにしようか、それともたまには白ワインを飲んでみようか。

ちょっと迷いながらワインの棚を見ていると、近くに置かれたテーブルに目が止まった。
テーブルの上に見たこともない赤い液体の入った瓶が並んでいたからだ。
その赤さといったら、まるで新鮮な血液のようだ。
私は、一瞬で目を奪われてしまった。
瓶を手に取り、成分などの印刷されたラベルを見る。

……どうやら、トマト果汁を使用した新発売の酒らしい。

私は買うお酒を、ワインから、このトマトのお酒に変更した。

両親にも、ちょっと飲ませてみよう。
トマトジュースを毎日飲むのだから、きっと、このトマトのお酒にも興味を持つはずだ。

どんな味なのか、わくわくしながらハンドルを握った。



家に帰り、食卓に置かれていた自分の分の食事を食べ終え、風呂に入ると、私はトマトのお酒を取り出した。

「まあ、なぁに、それ。ずいぶん真っ赤な色をしているのねぇ」

最初に食いついてきたのは、母だ。
しげしげと、真っ赤な液体を見ている。

「トマトのお酒だってさ。ついでに買ってみたんだ」
「ほう、トマトで酒が作れるのか」

テレビを見ていた父が、こちらを向く。
父は酒好きだから、酒の話となると途端に興味を示すのだ。

「なんだか、トマトの果汁を使ってるらしいよ。ちょっと飲んでみない?」
「いいわねえ。じゃあ、グラスを出してきましょう」
「母さん、チーズが残っていただろう。あれをつまみにしよう」

そんなこんなで、親子三人でのちょっとした宴会が始まった。
アルコール度数が高いので、せっかくだからと買ってきたトマトジュースの缶を開け、それで割ってみた。

そして、一口。

「うーん……なかなか、新しい味だわ」

はあ……と息がもれる。
爽やかな酸味と、ほのかな甘み。
簡単に言うと、トマト! って感じの味だ。
……我ながら、表現力に乏しいのが悲しい。

まあ、割ったのがトマトジュースだから、相性が良かったのかもしれない。
水で割ったのなら、ちょっと違った感じだっただろう。

「私は、やっぱりトマトジュースの方が良いわ。あまり好みじゃない」

母はちょっと顔をしかめると、お酒の残ったグラスを父に押しつけた。

「いや、これはいけるぞ。うん、うまいうまい」

父は気に入ったようで、自分の持っていたグラスをあっという間に空けると、母に押しつけられた分もグビグビと飲んでいる。

「でも、この赤はキレイよねぇ。いかにも新鮮そうで、美味しそうって感じがするわ」

瓶の中身を、母はちょっとうっとりしたように見つめる。

「まったくだ。食欲をそそるよ」
「まあ、あなたったら。夕飯はしっかり食べたじゃない」
「はっはっは。でも、テレビで美味しそうなものを映していると、急に腹が減ることもあるだろう?」
「それもそうね。私なんて、いても立ってもいられなくなって、わざわざ食べに出かけたこともあるわよ」
「お、行動派だなぁ」
「うふふ、どうしても我慢できなかったのよ……後でマズイことになっちゃって、後悔したけど」

「……でも、さあ」

私が呟くと、両親はしゃべるのをやめて、こっちを見た。

「トマトジュースにしろ、これにしろ、結局は代用品だよね」

ふう、と自然にため息がもれた。
我ながら、実にゆううつそうなため息だ。

「仕方がないのよ、あきらめなさい」

妙にしんみりした口調で、母が言う。

「そうだ。考えてもみろ、我々が遠慮もなく本物を口にしたとしてごらん。とんでもない大騒ぎになってしまうよ」
「今こうして、私達がどうにか生きていられるのは、代用品で我慢しているからなのよ。本物を求めてはいけないの」

両親そろって、そんなことを言うのだから、ちょっと面白くない。

「あーあ、代用品で我慢しなきゃいけないなんて、嫌な人生。世間じゃあ『自分らしく生きるのが一番』なんて言ってるけど、私達は自分らしく生きちゃいけないんだ」

お酒が入ったせいか、我ながら愚痴っぽい言葉ばかり出てくる。
そんな私に、父はぷっと吹き出した。

「そんなに深刻にならなくても良い。そのうち、簡単に手に入るようになるかもしれないからね……この国が、物騒な方向に進み続ければ、ね」


私たちは、顔を見合わせて……それから、声をあげて笑った。

――全員、鋭くとがった二本の牙を見せて。

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