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zoom RSS お兄ちゃん

<<   作成日時 : 2007/05/04 21:15   >>

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マンションの部屋でテレビをぼんやり見ていると、ケータイにメールが入った。
見てみると、一緒に暮らしてる妹からだった。

『バイト終ったよ。今から帰るとこ。何か買ってきて欲しいものある?』

……なんて気配り屋の妹だろう。
兄バカと言われようが、俺にとってはカワイイ妹である。

買ってきて欲しいものは特にないが……女一人で夜道を帰るってのは心配だ。
これは、兄である俺の出番だろう。
兄たるもの、妹を守ってやらなきゃいけないのだ。

夜道を一人で歩く妹に、変な男が近寄ってきて……なんて、考えただけで許せん!
そいつぶん殴る! 絶対ぶん殴る!

俺は、急いでメールを打った。

『バイト先の近くの本屋で待ってろ。迎えに行くから』

俺が送信すると、すぐに妹がメールをよこした。

『いいよ、一人で帰れるよ』

バカタレ!
そう言って油断すんのが危ないんだよ!

『ヘンタイに襲われたらどうすんだ! いいから待ってろ』
『……わかったよ。じゃあ待ってる』

そのメールを見た俺は、上着を引っかけ、玄関にカギをかけて、本屋目指して突っ走った。

待ってろ、今、兄ちゃんが行くからな!
うおおおっ!


「やだ、走ってきたの?」


妹は、本屋の入り口近くで待っていた。
息を切らした俺を見て、目を丸くしている。

「た……たった一人の……妹の……ため……なら、このぐら、い……」

情けねぇ。
ゼーゼーいってて息が続かん。

「大丈夫?」
「お……おう……んじゃ、帰るか」
「うん……迎えに来てくれてありがと」

店の中から遠慮もなくこっちを見ているヤツをにらみつけてから、俺は妹と歩き出した。


「ねぇ、君ぃ……」


……俺の心配は的中した。

人通りの少ない通りに入ったら、電信柱の陰から、ぬぅっと太った男が出てきたのだ。
見るからにモテなさそうなネクラっぽいヤツで、うすら笑いを浮かべつつ、黒ぶちメガネの奥から、細い一重まぶたの目で、ねっとりした視線をこっちに向けてくる。

ああ、妹を迎えに来て正解だった。
大事な妹が、こんなヤツと二人っきりになんてなったら、きっと恐ろしいことになっていたに違いない。

俺は、妹を後ろにかばいながら、そいつをにらみつけた。

「あンだよ、デブ。人様の通行邪魔してんじゃねえよ。どけ」
「ひ、ひどいよぅ……ボ、ボク、一度見た時から、ずぅっと、好きだったのに……」
「はぁ? 鏡見て出直して来やがれ。その図体で、妹と釣り合うと思ってンのか?」
「ち、違うよぅ……ボクが好きなのは、君だよぅ」

ブチッ。

俺の中で、何かが切れた。

俺は、どういうわけか女に間違われる。
……当然、うれしいはずはない。
前に「女そのものだろう」って言われた時には、そいつに遠慮なく鉄拳をお見舞いしたものだ。

「どこ見て物言ってんだてめぇっ! 俺は男だ!」
 
俺は、気がつくとデブの腹に蹴りを入れていた。
デブの腹は筋肉の代わりに脂肪がたっぷりついているらしく、ひたすら柔らかかった。
グフッとうめいて腹を押さえ、デブが転がる。

「ふっざけんなデブ! なめやがって! ぶっ殺すぞコラ! 土下座して謝れ!」

なおも蹴りを入れようとすると、

「やめて!」

妹が俺にしがみついてきた。

「な……っ、なんで止めるんだよ」
「お願い、暴力を振るわないで!」

……俺を不愉快にさせたこのデブは許せないが、他ならぬカワイイ妹が止めるのだから、聞かないわけにはいかない。
俺は、舌打ちすると、デブの胸ぐらをつかんだ。

「二度と俺の前に出てくんな! わかったな!」
「ヒ、ヒイイィィィ」

俺の剣幕に恐れをなして、デブは逃げて行った。
ったく、バカヤローが。
デブの姿が見えなくなるのを確認すると、俺は、妹の方に向き直った。
その時、頭がクラリとした。

……お?
立ちくらみか……?

「しっかりして!」

ああ、妹の声が遠くなる……。
俺は、体を支えようとしたが、逆に力が抜けていって、その場にしゃがみこんだ。



  *  *  *  *  *  *  



やれやれ……。
しゃがみこむ姿を見て、わたしは、ため息をついた。

あきれてるわけじゃない。
これは、どうしようもないことなのだ。

当の本人だって、そうしたくてそうしてるわけじゃないのだから。

……こうなった原因は、過去の事件だ。

わたし達は、小さい時にお父さんを亡くして、ずっとお母さんと暮らしていた。
あまりお金はなかったけれど、静かで落ち着いた生活だった。
幸せ……と言えば幸せだった。

それが、小学生の時に、お母さんが再婚したことで、変わってしまった。
新しくお父さんになった男は、外ではいい人ぶっていたけれど、実は子供が大嫌いで、家ではいつも暴力を振るっていた。
お母さんはあの男の方が大事だから、わたし達があざだらけになっていても無関心なままだった。

……お母さんが、あの男じゃなく、わたし達を選んでいたら、きっと、こんなことにはならなかったのに。


暴力に耐え続けるうちに、だんだん壊れていった、お姉ちゃん。
昔は女の子らしくて、人形で遊ぶのが大好きだったお姉ちゃん。
それなのに、あの男が家に来てからは、ひたすら怯えて、人の顔色をうかがうようになった。

そして……中学生の時。
お母さんが出かけている間に、木刀でわたしを殴りつけてきたあの男を、

後ろから、

金属バットで、

何度も何度も、

頭といわず腹といわず、

お姉ちゃんは、

めちゃくちゃに、ぶちのめした。


それでもあの男は死ななくて、血まみれのまま木刀を振り回してきて……本当に、殺される寸前のところだった。
だけど、物音を聞いて通報した人がいて、警察が来てくれたから、わたし達は殺されずに済んだ。

その後、世間でいろいろ騒がれて、お母さんは離婚した後、わたし達を捨てた。
いろんな家をたらいまわしにされながら、わたし達は育った。

その時からだ。
お姉ちゃんは時々、誰かになってしまうようになった。
その誰かは、自分のことを兄だと言った。

――そう、わたしの兄だと。


「う……」

かすかにうめいて、顔を上げて、お姉ちゃんはとてもとても不安そうに辺りを見回した。

「あれ……私……どうして……?」

わたしは、安心させるように微笑みかけると、

「帰ろ、お姉ちゃん」

さっきまでは『お兄ちゃん』だったお姉ちゃんに、手を差し出した。

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