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zoom RSS 白いクジラと笛の物語

<<   作成日時 : 2007/04/13 23:19   >>

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昔々、とある南の島に、一人の若者がおりました。

島では、海に出て魚を取り、生計を立てるというのが普通でしたので、当然のように若者も海に出て漁をしていました。

ただ、若者はそれが正直、苦痛で仕方がありませんでした。

父と兄が島一番の魚取りの名人なのにに引き換え、若者は、魚取りがあまり得意ではなかったのです。
そのため、よく、父には叱られ、兄には馬鹿にされました。
若者は、家の中で、肩身の狭い思いをしていました。
こっそりと、悔し涙をこらえたことだって、もう何度もあります。
どんなに練習しても、皆より時間をかけて漁をしてみても、腕前は、ちっとも上がりませんでした。
きっと、若者には、魚取りの才能がないのでしょう。

「くそぅ、情けないなぁ。なんとかしたいなあ」

若者は、そう言って嘆くのでした。


そんな、ある日の昼下がりのことです。

若者は、小さなモリを片手に海へと出かけました。
家では、父と兄が魚取り用の網の手入れをしていました。

本当は彼も手伝うべきところなのですが、「お前が触ると、この網も魚がかからなくなっちまうかもしれない」などと兄が意地悪を言い、父が「はあ、お前さえなんとかなったら、この家は安泰なのに」と同調し出したので、夕飯用の魚を取りに行くと言って家を出てきたのでした。

砂浜についた若者は、ばしゃばしゃと青い海に入ると、モリをかまえ、中腰で海面をにらみました。
泳ぐ魚の姿を探しているのです。
もっと沖に泳ぎ出て潜ってみれば、それなりの魚がいるはずなのですが、若者にはそれを捕まえるだけの自信がないのです。
彼が一人でもこなせる漁といえば、この、浅瀬で魚をモリで突く、というやり方だけでした。

若者が目を皿のようにして魚を探していると、膝の裏に、コツン、と何かが当たりました。

驚いて振り向くと、水面に、一本の棒のようなものがぷかぷかと浮いていました。
何気なく拾い上げた若者は、妙なことに気付きました。
その棒は、中が空洞になっていて、棒の両端のうち、片方だけがふさがっています。
さらに、規則正しく並んで穴が開いています。
見れば見るほど、妙な棒きれでした。

「焚き木にしようかな」

若者は、乾かすためにと、穴の一つに息を吹きこみました。

その時偶然、若者の指が穴のいくつかを塞いでいました。

結果として、その棒きれからは、若者が今まで聞いたことのないような、不思議な音が聞こえました。
驚いた若者は、思わず棒きれを取り落としました。

「こ、これは一体なんだろう?」

それは、笛というものなのですが……そんなものを見たことがない若者にとっては、少々不気味な棒きれに過ぎません。
しかし、先ほどの不思議な音は、若者の耳の奥底にしっかりと残っていました。

今までに聞いたことのない、不思議な音。
人の声とも、動物の声とも、鳥のさえずりとも、風の音とも違う、心にさざ波を起こす不思議な音……。

もう一度、聞きたい。

若者の心は、すでにとらわれていました。

若者は、もう一度棒きれを拾い、先ほどのことを思い出しながら、息を吹きこんでみました。
すると、今度は、またちょっと違う感じの音が出ました。
若者は、魚取りのことなど忘れ、棒きれに息を吹きこみ、音を出すことに没頭しました。

ふと気がつくと、日がとっぷりと暮れていました。

海岸に生えた木の影が長く伸び、空は一面オレンジ色に染まっています。
若者はあたふたとモリを拾い、家に帰ることにしました。
魚は結局、一匹も取れませんでした。
家に帰れば、父と兄にまた呆れられ、馬鹿にされるでしょう。
しかし、今の若者はそんなことを気にしませんでした。
妙な棒きれのことで、頭が一杯だったのです。

フォォォ……。

妙な声を聞いた気がして、そちらの方を見ると、沖のほうに、何やら白い丘のようなものが見えました。
丘は、少しだけ、若者の方に近寄ってきました。

……それは、今までに見たこともない、大きな大きな、白い魚でした。
夕日の沈む海に大きな体をたゆたえる姿は、どこか、神々しくもありました。
いえ、少なくとも若者には、「あれはきっと、海の神様の使いなんだ」と信じさせるものでした。

しばらく見つめ合った後、白い魚は身をひるがえし、沖へと去っていきました。

若者は、そこでようやく、自分が涙を流していることに気付きました。
悲しい涙でも、悔しい涙でもありません。
流していて、心地の良い涙でした。

「この棒きれは、きっと、神様の使いを呼ぶ時に使う、特別な道具なんだ」

若者は、この不思議な棒きれを、自分の宝物にしました。

以来、父や兄に嫌なことを言われるたびに、砂浜に来てはこっそりと音を出して楽しようになりました。
帰ろうとする頃に決まって姿を現す白い巨大な魚にも、少しずつ愛着が沸き始めました。
魚のほうも同じ気持ちなのか、だんだんと、若者に近寄ってくるようになりました。

「もう、どんなに馬鹿にされても平気だ」

若者は、生まれて初めて、人生に楽しみというものを見出していました。

……おもしろくないのは、兄です。

いつもなら、意地悪を言われると傷ついてめそめそしながら出ていく弟が、近頃は意地悪を言われると、どこか「待ってました」とばかり、さっさと出ていくように思われて仕方がなかったのです。
それがつまらなくて、兄は次第に歯がゆさを覚えるようになりました。

――何かあるに違いない。

確信した兄は、若者の後を、こっそりとつけて行くことにしました。

一方、つけられていると知らない若者は、どこか浮き足立ちながら、海辺へと向かいました。
そして、いつものように不思議な棒きれを取り出すと、息を吹きこみ、音を出しました。

――その音は、兄にも聞こえました。

「一体なんだ、あの妙な音を出す棒きれは」

兄も、同じように、棒きれの出す音に魅入られていました。

さらに、しばらく見ていると、沖のほうから、ゆっくりと、白い丘が現れました。
徐々に海岸近くに近寄ってきたそれは、やがて、白い魚と判明しました。

兄は、思いました。

「あの妙な音を出す棒きれは、もしかして、魚を呼ぶ道具なのかもしれない」

……人間というものは、見下していた者が自分より良い物を持っていたりすると、とたんに腹を立てる生き物です。
兄は、若者の前に突然現れると、恐ろしい顔でおどしました。
気配を察した白い魚は、怯えたように沖へと逃げていきました。

「やい。お前、魚取りもしないで何をしている。タダ飯食らいで役立たずなお前に、余計なことをしている暇はないはずだぞ。さあ、それをこちらによこせ」

若者は、突然現れた兄に驚きながらも、すぐにキッと睨み返しました。
思わぬ反抗に、兄は少し驚きました。
今までめそめそして言うなりだった弟が、反抗するようになるとは夢にも思わなかったのです。

「いやです。これは渡せません」
「なんだと。弟のくせに生意気な」

言い争いが、始まりました。

そのうちに、兄は、どん、と若者を突き飛ばしました。
若者はひっくり返り――運の悪いことに、近くにあった岩に頭を打ち、すぐにぐったりと動かなくなってしまいました。
その様子を見た兄は慌てて若者を抱き起こしてみましたが、打ち所が悪かったのでしょう、すでに死んでいました。

兄は、動かない若者の体を放りだし、青ざめて震えました。
そして、ゆっくりと離れながら、

「こいつが悪いんだ。弟のくせに、兄である俺に逆らったりするから。そうだ、俺は悪くない。こいつは勝手に死んだんだ。死んでまで人に迷惑をかけるなんて、ひどい出来そこないだ」

恐ろしいことを次々と口にしました。

兄は、小さな船で若者の死体を沖へと運ぶと、海の中にドボンと落としました。
若者の死体は、髪の毛を海草のようにゆらゆらと揺らしながら、暗い海の底に沈んでいきました。
兄は、目を血走らせ、呼吸すら忘れてその様をじっと見つめました。

……若者の死体は、いくら待っても、浮かんではきませんでした。
兄は、ほう、と安心したようにため息をつくと、船をこいで、島へと戻りました。

島に戻った兄は、「弟が波にさらわれてしまって、助けようとしたけれど間に合わなかった」と嘘の涙を流して島の人々に伝えました。
疑う者は、誰一人いませんでした。
魚取りのうまい兄は、それだけ、島の人々に信頼されていたのです。
嘘の涙を流しながら、兄は、日頃の自分の行いに感謝していました。


――それから、何年もの月日が流れました。

若者の兄は、もはや何事もなかったかのように振るまい、弟にした仕打ちを忘れて生活していました。
漁師を引退した父にかわって一家の生計を立てる彼は、島一番の魚取りの名を欲しいままにしていました。

そんな兄の元へ、島の長から一つの話がありました。

「島一番の魚取りであるお前に、私の娘と結婚してもらいたい」

長の娘と結婚するということは、将来、島の長になれるということです。
しかし、喜んでお受けします、と言おうとした兄に、長はさらに告げました。

「だが、島で一番の金持ちが、私の娘と結婚したがっているのだ。私は、より大きな魚を持ってきた方に娘をやろうと思っているのだが、どうだろう」

兄は、ふと思い出しました。

「そういえば、死んだ弟はあの妙な棒きれで音を出して、あの大きな白い魚を呼び出していた。あの魚を捕まえれば、俺は島の長の娘と結婚できる」

そう考えた兄は、長の申し出を承諾しました。

「金持ちがどんなに金を積んだところで、あの白い魚より大きなやつは持ってこられないさ」

その自信があったからです。


そして、その当日。

島の人々が集められ、金持ちと兄の魚を比べる場に立ち合いました。

最初に魚を披露したのは、金持ちの方でした。
それはそれは、大人の男ほどの身の丈で、肉付きも良い立派な魚でした。
見ていた人々から、ざわめきとため息がもれます。

「ああ、大きな魚だなぁ」
「いくら島一番の漁師でも、あんな魚は捕まえられないだろうな」
「じゃあ、勝負は決まったようなものかな」

取り交わされる会話に、兄はいら立ちました。
そんな魚よりも、ずっと巨大な魚を呼び寄せる方法を知っているのに、と思うと、余計に腹が立ちました。

「……出せる魚はあるかね……?」

どこか気遣うように声をかける長に、兄は胸を張って答えてやりました。

「あんなものは大したことない。俺の魚のほうが、ずっとずっと大きいですよ」

言うと、兄はあの棒きれを取りだし、あの時若者がしていたように息をふきこみました。

――出てきた音は、どこか物悲しい音色でした。

そのうち、ざあああああ……と、海面が盛り上がり、白い丘が現れました。
兄が、人々が息を飲んで見守っていると、それは、ゆっくりと、島へと近付いてきました。
誰も見たことがないような、大きな大きな、白い魚でした。

「すごい」
「あれはなんだ」
「なんて大きな魚なんだ」

人々の驚きの声が、兄には心地よく感じられました。

「どうでしょう、長どの。これで、結果ははっきりしたと思いますが」
「う、うむ。よいだろう。娘はお前にやろう」

その時のことでした。

白い巨大な魚が、身をひねり、沖へと向かったのです。
一体何が起きたのか、と人々は固唾を飲んで見守りました。
魚は、沖までたどりつくと、その巨大な体を使って輪を描き、波を起こしました。
その波は、島に向かってきました。
徐々に、徐々に、高さを増しながら。

波は、島に到達しようという時には、恐ろしいほどの高さになっていました。


「逃げろーーーーっ!」
「うわああ!」
「きゃーっ!」
「神様ぁ!」

人々が悲鳴を上げて逃げまどう中、ふと振り向いた兄は、白い魚の背中に、人影を見たような気がしました。
どこか見覚えのある、背丈と肉の付き方……。

「まさか……」

その先の言葉は、声になることはありませんでした。
島にやってきた波の方が、ずっと早く到達したからです。

波は、島の全てを飲みこみました。
全てを飲みこんだ波は、二度と引きませんでした。
島の全てが、暗い海の底に消えてしまったのです。
不思議なことに、人はもちろん、ささいな家財道具にいたるまで、浮いてきませんでした。

まるで、島がかつてそこに存在したという証拠すら、完全に消し去られたかのようでした。



――そして、その付近の島には、巨大な白いクジラへの信仰が生まれたということです。


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