プラスマイナス1

アクセスカウンタ

zoom RSS 禁じられたこと

<<   作成日時 : 2007/02/13 23:21   >>

トラックバック 0 / コメント 0

青年は、乱暴に牢に放り込まれた。
彼を放り込んだ者達は、あからさまな侮蔑と嘲笑を残し、立ち去って行った。
青年は、悔しげな顔も悲しげな顔も、絶望に打ちひしがれた顔もしなかった。
身を起こし、放り込まれた時に打ったところをさする。

そのうちに、一人の初老の男が整然とした動きで彼の牢の前に現れた。

「月にウサギがいる、と言ったそうだな?」

青年は、その言葉にゆっくりと頭をもたげた。

「お前は、実在しない事物や起こり得ない現象、およそ事実とはかけ離れた話を平然と口にする。理想を目指す社会の、人類の、敵と言えよう」

初老の男を、男はじっと見ていた。

そして……ぽつり、と呟いた。
「何故?」と。
不愉快そうに、初老の男は片眉を上げた。

「何故、『月にはウサギがいる』と考えてはいけないんだ?」

青年は尚も問う。

「事実ではないからだ」

当たり前の事を言わせるな、とばかり、初老の男はジロリと睨む。

「知らなければ教えてやろう。月には大気も水もない。そのままでは生物は存在できない。また、月面居住区は現在、試験段階であり、衛生面での問題から動物の持ち込みは禁止されている。従って、月に存在する生物は人間と植物のみであり、動物であるウサギは存在しない」

初老の男はすらすらと説明してみせた。
青年は、落胆した表情を浮かべた。

「貴方もだ。貴方も、僕を否定するんだ」

頭を振り、悲しげに呟く。

「月にはウサギがいる。吠えるライオンの時もあるし、本を読むおばあさんの時もある。はさみが片方だけのカニの時だってある。僕はそう思うのに、どうして皆、否定するんだ」

「それは、そう見えるだけのことだ。あれは月面における『海』と呼ばれている部分。『海』は月に隕石が衝突してできたクレーターに溶岩が溢れ出してできたものだ……そんな血迷い事は、今すぐに忘れるがいい」

「僕の疑問に答えてください。何故、月にウサギがいると考えてはいけないのですか」

「非現実的だからだ」

弱々しくうなだれる青年に、初老の男は語りかける。

「……以前、この世界にはそのような虚言がまかり通っていた。人々は実在しないものや起こり得ない現象、およそ事実とはかけ離れた話をし、それを信じたり惑わされたりしては、愚かな争いやつまらない競争を繰り返した挙げ句、滅びかけた。どうにか生き延びた人々は、事実として確認されたこと以外の全てを排除することで、今日の健全な社会を作り上げたのだ」

一呼吸置き、初老の男は続ける。

「事実ではないのなら、語ってはならない。事実ではないものは、この世には必要ない……それで、この社会は実に平和に、健全に保たれている。この方針が正しいことの、何よりの証明ではないか」

「健全……健全ですって……?」

青年は鉄格子をつかみ、初老の男を見据える。

「この社会のどこが健全なんだ……この社会に未来なんかあるものか。今あるものを保ち続けていくことだけが精一杯だ。今以上のものを作り出すことはできない」

青年は鉄格子をつかみ、初老の男を見据える。

「空想の領域を排除した社会に、明るい未来なんか、ない」

はっきりと、青年は口にした。
見開いた目は、強い意思を秘めている。

「……言いたいことはそれだけかね」

初老の男は腕時計をチラリと見ると、来た時と同じく整然とした足取りで去っていった。
青年が後方でまだ何かを叫んでいたが、彼には関心のないことだった。



牢のある建物を出た初老の男は、すぐそばの建物の中に入り、とある一室へと向かった。
そこには立派な机がおかれ、その前方の壁には巨大なモニターがある。
初老の男は椅子に腰掛けると、机に設置されたパネルをいじくった。
やがて、モニターに一人の人物が現れる。
白髪混じりの、老人だ。
ただし、物腰などは上品そうで、着ているものも立派なものだった。

「どうだ。あの若者は。回復の見込みはあるか」

モニターに映る老人は、静かに尋ねる。

「いけません、あの若者は。過去に例をみないほどの重症です。治療しても改善されることはないでしょう。薬殺処分が妥当かと」

初老の男は、モニターに映る老人に対し、苦々しい表情で答えた。

「そうか……仕方がないな。しかし、一体どういうわけなのだろうな。空想に繋がるものを撤去しきったはずなのに、時折、彼のように狂った者が現れる」
「食料に含まれる成分が原因でしょうか。それとも大気中を漂う物質の中に、そういった作用をもたらすものがあるのでしょうか」
「調査の必要がありそうだな。よし、議会にはたらきかけて、調査団体を設置させよう。社会の害悪となるものは、徹底して排除しなければ……」

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

禁じられたこと プラスマイナス1/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる