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zoom RSS 人捜し屋のシズヤさん

<<   作成日時 : 2007/01/05 12:11   >>

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人捜し屋のシズヤ、という男がいる。

たとえどんなに少ない手掛かりであっても、対象が実在し、生存している以上、必ず捜し出す腕前の持ち主である。
彼はフェルト帽を目深に被った若い男で、平日の昼ごろ、街中をブラブラ歩いているという。
そこを捕まえて依頼をすれば、捜し人は見付かったも同然……と、そう簡単には上手くいかない。
彼の提示する金額をその場で全額、現金で支払えなければ、依頼を受けてはもらえない。
その上、彼の提示する金額は決まっておらず、馬鹿みたいに安いこともあれば、べらぼうに高いこともあり、中には国家予算なみの額を要求された者もいるらしい。
分割払いや後払い、あるいは他人に借金をしての支払いは認められない。

彼に依頼をしたい時は、こう話しかければ良い。

「白い子狐さんに用事があるのですけど」

彼は答えるだろう。

「今は寝てるよ」と。

それで依頼の話に持っていける。


――私は、そう聞いた。


「妹を探してほしいんです」

背すじをピンと伸ばし、私は真っ直ぐにシズヤさんを見た。

「……八万円」
返ってきたのは、ダルそうな声だった。
「はい?」
「だから八万円。費用」
「あ…あぁ!」
幸い先に銀行に行って引き出しておいた額よりもずっと低い額だ。
内心ホッとしながら手渡すと、シズヤさんは「付い来い」と歩き出した。

日の当たらない路地裏を延々と歩き、案内されたのは廃工場だった。
半分開いたシャッターをくぐるようにして中に入ると、中はコンクリートの壁が剥き出しの状態で、がらんとして埃っぽかった。
鉄骨の見える天井からは、機械に繋いでいたらしい太い電気コードがぶら下がっている。

「三十分でありったけの情報を話せ。あと二時間で解体作業が始まるから、ぼちぼち作業員が集まって来る。見つかると言い訳が大変だぜ」

そう言って近くの壁に背中をくっつけて寄りかかると、シズヤさんはそれっきり黙りこくってしまった。
私は、ちゃんと聞いてもらえるのか不安になりながら、妹について知っている限りを話すことにした。


自分に妹がいるのを知ったのは、小学四年生の時だった。

私は父子家庭で育っていて、母の姿は物心ついた時には既になかった。
だから、自分の兄弟は兄一人だけで、自分は末っ子だと思っていた。

教えてくれたのは、病を患い、病院のベッドの上で横たわる祖母だった。
父は仕事、兄は中学受験のために塾通いで忙しく、その日は私一人でお見舞いに行っていた。

『お前が今、小学四年生だから……二つ違いで二年生のはずだよ』

妹は、離婚した母に引き取られて家を出たのだという。
そして母の実家に身を寄せたのだが、母と母方の祖父母がが交通事故で死亡すると、遠い親戚に引き取られた。
母が事故死したことをだいぶ後になって知った父が、罪悪感からか引き取ろうとしたのだが、その時すでに消息不明になっていたという。

『やっぱり教えていなかったんだね……一生、隠しておくつもりなのかねぇ……』

祖母は、妹の名前を教えてくれた。
春菜(はるな)という名前だという。
母の旧姓は鈴木。
今でも母方の姓を名乗っていれば、鈴木春菜という名前になる。

『今はどこでどうしているんだろう……』

祖母は、きっと兄にも同じことを教えるつもりだったのだろう。
しかし、その時は来なかった。
祖母は翌日容態が急変し、集中治療室に入った後、帰らぬ人になった。


私の話を聞き終えると、シズヤさんは片方の手をポケットに入れ、もう片方の手であごを触っていた。

「写真か何かはないのか?」
「いいえ……母が、離婚の時に写真を全部持っていってしまったみたいで」
「なるほどな。手掛かりは名前だけか。あとはアンタより二つ年下と」
「えぇ」
「アンタ、今いくつだ」
「……二十六歳、です」

正直、実年齢を言いたくないんだけど……大事な時だから、サバを読んでも仕方ない。

「二十四歳の鈴木春菜さんね」

シズヤさんは、壁から離れた。

「無理……ですか」
「いや、死んでさえなけりゃ探せるさ」
「あの……」
「ん」
「できたら、なるべく早くお願いします……。兄の結婚式に招待したいんです」
「あぁ、それで依頼を」
「えぇ。よろしくお願いします」

私は、ぺこりと頭を下げると廃工場を後にした。


兄は来月の初めに結婚する。
いわゆる「できちゃった結婚」というやつで、花嫁は現在妊娠四ヶ月だ。
あと半年で、二人には子供が産まれる。
父は、そのことを知らされた時、「今時の結婚だなぁ」なんてちょっと苦笑いしていたけど、孫が産まれるという嬉しさからか、妙に最近浮かれている。
やれ、「ベビーベッドは買ったのか」、「おもちゃはあるのか」、「おむつは準備したのか」なんて兄に聞いて、「いい加減にしろよ」なんて呆れられていたりして。

浮かれる父と、呆れながらも喜んでいる兄の姿を見るにつけ、私は思う。

私達には、幸せが来ているけど……妹は、今、どうしているのだろう。
幸せになっているかどうか、知りたい。

祖母が死んだ日から、私は随分悩んだ。
妹のことを、話すべきなのかどうか。
父が隠したがっていることを、明らかにしてしまっていいのだろうか。
私が話したら、父は傷ついてしまうだろうか。
そう迷いながら、私はずっと知らないフリを通してきた。

でも、もう兄も私も社会人。
いつまでも子供ではない。
父は辛く思うかもしれないが、やはり知らないままではいけないと思う。

私はそう思って、妹を探す決心をしたのだ。


――シズヤさんからの連絡は、待てども待てども来なかった。

私は焦りながら待っていたのだけど、とうとう式の前日になっても連絡はなかった。
……もう、式には間に合わない。
そんな風に諦めながら、夕食の買い出しに出かけた私は呼び止められた。

シズヤさん、だった。

「待たせて済まなかったな。捜し出したぜ、妹さん」
「本当ですか?良かった……!」

今からじゃ招待はできないけど……。

「……それでな。アンタの妹だが。式には出る」
「え……?」

一体、どういうことだろう?
もしかして、シズヤさんが妹に事情を話してくれたのだろうか?
……いや、それは考え過ぎだ。
シズヤさんには、兄が結婚式を行う場所を教えていないから。
じゃあ、どうして?

「全部、これにまとめておいた。見ればわかる」

私が軽く混乱していると、シズヤさんは、折りたたまれた一枚の紙を差し出した。

「ありがとう……ありがとうございます!」

シズヤさんは、ひらひらと手を振ると、立ち去って行った。
私は、さっそく紙にまとめられた内容に目を通した。


<鈴木春菜についての調査報告>

佐藤菜々子様。
依頼頂いた件について以下のように報告致します。
鈴木春菜:一歳の時に両親が離婚。
母、冴子に引き取られ母方の実家に身を寄せる。
二歳の時に母と母方の祖父母が交通事故で死亡。
母方の遠い親戚のもとに引き取られ、その後親類の間を転々とする。



……そう、ここまでは私が知っている通りのことだ。
私は、続く文章に目を凝らした。


十二歳の時に現在の養父母のもとに引き取られ、彼らの正式な養子となる。
養子縁組の際に名前が変わり、現在の名前、篠田綾香となる。



――私は、一瞬、それが何を意味するのか、わからなかった。
ただ、とてつもなく嫌な感覚が内側から溢れてくるのを感じていた。

どたり、と太ももに衝撃があった。
私は気がつくと、その場に座りこんでいた。

篠田綾香。

鈴木春菜。

――この二人が、同一人物ならば。

「ぅぁぁぁぁ……」

誰かが、小さなうめき声をあげていると思った。

「ぁぁぁあああああ……」

その声は、だんだん大きくなっていった。

「ああああああああああ!!」

それは、私の口からあふれ出る悲鳴だった。



そして、式の当日。
私は、頭の中が真っ白なまま、人形のように兄の挙式を見届けた。
家族に幸せが訪れているのに、私の心にはさざ波一つ立たなかった。

「どうした、冴子」

おめでたい席で、何の感情もない顔をしているのはやはり不審がられるのだろう。
披露宴の席で、父が私に声をかけてきた。

「あ……うぅん、何でもない。ちょっと、ぼーっとしちゃって」
「しっかりしなさい。今日はおめでたい日なんだよ」

私は、兄の隣に座る女性――花嫁を見た。
私より二つ年下で、兄より四つ年下。

篠田綾香さん。

以前皆で食事に出かけた時、二人きりになったところで、彼女は私に生い立ちを語ってくれた。

物心ついた時には一人ぼっちで、親戚中をたらいまわしにされて育ち、十二歳の時に今の養父母に巡り会い、正式に養子として引き取られた。
それまでは、違う名前を名乗っていた、と。

『春菜、っていう名前でした』

彼女は、そう言っていた。
その時、私は綾香さんに不思議な親近感を覚えたものだ。
妹と同じ名前、というところから来ているものだ、と私は思っていたのだけど……。


私は、真実を告げるべきなのだろうか。
二人は実は兄妹だと。
でも……そうしたら、綾香さんのお腹にいる赤ちゃんは、どうなってしまうのだろう。
無かったことにはできない。
私は、ゆっくりと、その事実を頭の中で反芻(はんすう)した。

――あと半年で、二人には子供が産まれる。


  *  *  *  *  *  *  *  *
  

「ねーねーねー。シズヤ、どーしてあの人に教えちゃったのー?」

殺風景な部屋の中、ソファに寝っ転がっているシズヤに話しかける声がある。

「あンだよ……」

ダルそうに目を開けると、小さな白い子狐が顔を覗きこんでいた。

「だってさー。かわいそーじゃん。知らないほーが幸せだったんじゃないー?」
「隠したところでいつかは分かる事だ。依頼を達成したらとんでもない真実がわかった……それだけだ」

言うとシズヤはずり落ちかけた帽子を直し、顔にのせる。

「シズヤ、冷たーい」
「情報が欲しいっていうンならな、リスクを覚悟しなきゃいけねぇンだよ」

シズヤは言うと、目を閉じた。

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