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zoom RSS とある死神の話

<<   作成日時 : 2007/01/02 13:51   >>

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*この話は2006年12月16日の「それは誰にも平等なもの」と設定がちらっと同じです。要するに死神さんの話。*



「武田さん、今までお疲れ様でした」

建物の前、大勢の人間に囲まれながら、武田という男が花束をもらっていた。
――彼は今日付けで退職する人間である。

「お元気で」
「お疲れ様でした」

大勢の人に見送られながら、武田は去っていく。
門を出たところで足を止め、感慨深そうに建物を振り返り見た。

「先輩」

声をかけられそちらを向くと、スーツ姿の若い男が息を切らせて立っていた。

「志水」

武田はシワのある目もとを緩めた。

「間に合ったッス……俺、最後の挨拶がしたかったンすよ」

志水の言葉使いに、武田は苦笑いを浮かべていた。

「仕事中なら確実に怒鳴りつけている口調だな」
「いやぁ……先輩には滅茶苦茶怒られたッス」

言いながら、その時のことを思い出したのだろう。
志水は苦笑いを返しつつ、頭をかいた。

「滅茶苦茶というわけじゃない。お前は本当に一から鍛え直さないといけない奴だった。仕事が一人前にできるようになったのが奇跡のように思える」

「あちゃー。厳しいッスよ先輩……」

そう言う声音が情けない。

「……これからは助けてやれないからな。頑張れ」

武田が踵(きびす)を返すと、志水は、

「あ、待ってください。送って行きたいッス」

と、犬のように付いてきた。
武田は特に何も言わなかった。
無視しているわけではなく、「好きにしろ」という意思表示である。
長年の付き合いで、志水はそれを察して行動できるようになっていた。

「先輩、退職したら、何するンすか?」

歩きながら、志水は尋ねる。
武田は少しばかり黙りこんだ。

「今のところは何も考えていないが……とりあえず、のんびりするつもりだ」
「田舎に移住するとか?」
「さあ、そこまでは……だが、それも良いな。選択肢の中に入れておこう」

「先輩……俺、本当にお世話になりました。覚えてるッスか? 仕事を始めたばっかりの時に、シャレにならないミスをして……処分されそうになったのを、先輩が口添えして、上のほうにかけあってくれて、どうにか首が繋がったンす。あの時のこと、俺、絶対忘れないッス」

不意に話の方向が変わり、武田はやや戸惑ったように眉を動かした。

「どうしたんだ、いきなり」
「お礼が言いたいッス」

武田を見る志水は、真剣な顔をしていた。

「俺……今でも信じられないッス。あっちじゃ約立たずの出来損ないで居場所なんかなくて…それがこっちじゃ俺にしかできない仕事があって、俺が必要とされてて……」

「まあ、大体の連中はそんなものだ」

「俺、変わりました。居場所ができて、尊敬できる先輩に面倒見てもらって……俺、感謝してるッス」

「そうか。そう言われると、私も苦労した甲斐があったよ」

不意に、志水は足を止める。

「どうした?」

武田が声をかけても志水は動かなかった。何かを真剣に悩み抜いた顔をしている。

「先輩……俺たちの仕事は私情を挟んじゃいけないンすよね。あっちでどんな事があったとしても、それを仕事に持ち込んじゃいけない……先輩、そう言ってましたよね」

「ああ、そうだ」
「じゃあ、どうして……どうしてあんなことをしたンすか?」

喉を押しつぶすように発せられた、苦しげな声。

「一体何の話をしている?」

武田はいぶかしげに眉をひそめた。

「最近、死んだ奴の中に、どうもまだ死ぬ運命になかった奴がいたンす……全員、あっちで生きていた頃の先輩の関係者ッス」

「……志水」

「俺……調べさせてもらったッス。上の方で、先輩への疑惑が大きくなってたから、先輩の無実を証明したくて……でも」

志水は、顔を上げた。必死に感情を殺した顔を。

「私への疑惑が正しいことを証明することになった……か?」

武田が静かに告げると、志水の目が風を受けた水面のようにゆらりと揺れた。

「あの人達、先輩をいじめていたンすね。小学生の時から、ずっと……大人になってからも」

「……その通りだ」

「結婚したら、家庭まで滅茶苦茶にされて……その後先輩はこっちの世界にきた」

「ああ……あの時は本当に辛かった。生きている限り、自分の人生は彼らに踏みにじられると思ったら耐えられなかった。彼らのいない世界に行きたかったんだ」

武田は静かに、志水を見つめていた。

「死んで終わりにしたい気持ちはわかるッス……でも、どうして、どうしてそんな……無理矢理魂を奪い取るなんて……! まだ死ぬ運命にない魂を体から引っこ抜いたら、その魂はもう転生出来ないンすよ? 時間が経つと悪い意識に染まって、悪霊とかになっちゃうンすよ? それだけじゃない……上からの指示を無視したとなれば、先輩は反逆罪に問われて処罰されるンすよ!」

武田は、ほう…とため息をついた。

「私は後悔していない。他人の人生を滅茶苦茶にした奴らが、何故幸せな家庭を手に入れる? 私への……私の妻子への行いは悪ではないと言うのか? 私は死ぬまで追い詰められたのだよ」

「どんな奴だって、悪事をしたなら、いずれ地獄でちゃんと償わせるようになってるッス! 上はちゃんとわかってるッス!」

「だが私は、この手で復讐したかったのだ。たとえ身の破滅と引き換えにしてでも」

武田は己の手を開き、それを見つめ――ぐっ、と力を入れて握り締めた。

「先輩……」

志水は悲しげに見つめ……やがて意を決し、スーツの内ポケットから一枚の紙を取りだした。

「先輩……あなたを……あなたを……反逆罪で処罰せよとの命令を受けています。どうか大人しく逮捕されてください」

同時に、スーツ姿の男たちが音もなく武田を取り囲む。武田は驚くでもなく、ふっと小さく溜め息をついただけだった。

「先輩……」

連行されていく後ろ姿に、志水はポツリと呼び掛ける。

「嘆くことはない。お前はきちんと職務を果たした。胸を張れ」

片手にぶら下げたままの花束をちらりと見て、武田は志水に差し出した。

「これは、お前にやろう」
「え……?」
「今、花束が相応しいのは、私ではなくお前だろう」

一瞬泣きそうな顔をした志水は、震える手で花束を受け取った。
途端、こらえきれなかったのだろう、嗚咽の声が漏れる。
武田はほんの少し柔らかな視線を向ける。

「泣いている馬鹿がいるか。まだ仕事は終わっていない。報告を忘れるな」
「は…はい……っ…ぅ……」

しゃくり上げるのをこらえ、涙声で志水は返事をする。
そして……携帯電話を取り出した。

「こちら、志水です。武田…を確保、これから、連行します」

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