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<<   作成日時 : 2006/12/24 14:05   >>

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羽根のような白い雪が、音もなく瓦礫の上に降り積もる。
見渡す限りの灰色の風景。
灰色なのは、そこが全てコンクリートの瓦礫で埋め尽くされた場所だから。
――かつて、そこはちゃんとした地名のある場所だった。
たくさんの物が溢れ、人がゴミのように大勢歩いていた。
しかし、それは遥か昔のこと。
今となっては、人類は崩れかかった瓦礫の隙間で這いまわるようにして生活していた。
飢えと寒さとに震え、足元からじわじわとのぼってくるような絶望感に細やかな心を奪われながら。

「くっそ……なんで雪なんか降るんだよ……」

毛布だかなんだかわからないぼろきれをまとい、男は寒さに震えながら瓦礫の中をどうにか進んでいた。
今まで寝ぐらにしていたところが、このところの寒さで眠れるところではなくなったので、新しいねぐらを探しているところである。
希望としては、コンクリートの瓦礫が、運良く風や雪をさえぎるように立っているところ。

「――お」

そうして歩くうちに、男は良さそうな場所を見つけた。
瓦礫の壁と天井のついた、入る際に苦労しそうな高さだが、寝るだけなら充分なスペースがある。
さっそく覗きこみ――男は小さく舌打ちをした。
先客がいたのである。
そこには既に、ガリガリにやせこけた、白いひげをもじゃもじゃと生やしたみすぼらしい老人が、力なく横たわっていた。
この時代にしてはおそろしく長生きした人間である。
衛生環境が極端に悪化し、かつての医療体制がほぼ崩壊しているといってもいいこの時代では、せいぜい中年ぐらいまで生きれば『長生き』とみなされるのだ。

この老人、もうじき『お迎え』が近い……男はそう感じた。

男は、善人ではない。
誰が死のうが、別に気にとめることなく、生きていける人種だ。
昔ならば非難の対象となっただろうが、自分一人でも生きていくのがやっとなこの時代には、ありふれた人種であった。
しかし、男は通りすがりざまに、老人の傍らに袋が置いてあることに気付き、立ち止まった。

――何か、持っているかもしれない。

男はひたすら、老人が死ぬのを待つことにした。
さすがに、死にかかっている者から奪い取っていくのは気がひけたのだ。
その点を見れば、男は善人ではないが悪人とも言いきれない人物であった。

男は獲物を狙うハゲワシのように老人のそばにしゃがみこみ、『その時』を待つことにした。
しゃがみこんだ男の影が、老人の顔を覆う。
すると、老人は不思議に思ったのだろう、目を開けて男を見た。

「……何か用かね?」
「アンタが死ぬのを待ってんのさ」

にべもなく男が答えると、老人は白いひげの中からぼろぼろの歯を剥き出しにして笑った。
しかし、すぐに苦しげに背中を丸めて咳き込んだ。

「……なぁに、あとほんの少しだけしか、この世界にはいられないさ……」
「なるべく早く頼むぜ。後がつかえてんだ」
「お若いの……私が死ぬまで、話を聞いてくれないかね……」
「……知らねぇよ、勝手に喋ってろ」

男はしゃがみこむのをやめて、ドスンと腰を降ろした。

「今日は……もう、あの繁栄の時代から何年経ったかわからないが、その時代の暦で言うところの、12月24日だよ」
「だからどうした?」
「クリスマスを、知っているかね?」
「知らねぇよ、ンなもん」

男は、不機嫌さを露わにして、老人の目をじろりと睨んだ。
他人を威圧するのには、充分な迫力だ。
しかし、見つめ返す老人の目は、驚くほど、澄んでいた。

「私は知っているよ……12月24日の夜に、一人の老人が、世界中の子供達にプレゼントを配ってまわる日だ」

正確に言うと、老人が言っているのは『クリスマス』ではなく『クリスマスイヴ』のことだが、その辺りのことを知っている者は、もはや地上にはいない。

「けっ、くだらねぇ。損するだけじゃねぇか」

男の言うことは、別に異常なことではない。
誰かに物をくれてやるということは、愛情でもいたわりでも優しさでもなく、ただ『損』なだけなのである。
この時代においては。

「私は老人で……君は、子供とは言えないが、私よりもずっと若い……」

老人は、傍らに置いていた汚いズタ袋に手を入れると、何かを取りだし、男に差し出した。

「……老人の私から、君に、これをあげよう」

老人の、カサカサな手に載せられていたものは、茶色い固まりのようなものだった。

「何だコリャ? 犬の耳クソか?」
「違う。これは……植物の種だよ」
「食えンのか?」

淡い期待に、男は目を光らせ、その手を取った。

「食べようと思えば食べられないこともない……しかし、それだけではとても腹など満たされまい……」
「じゃあいらねぇよ。腹の膨れねぇモンに、価値なんかあるかよ」

男は、ぱっ、老人の手を離す。
枯れ枝のような手は、ぱたりと力なく地に落ちた。

「……この種は、誰の腹も満たしてやれない、実に小さく無力な存在だ。だが……」

老人は、すっ、と目を細めた。

「いずれ、大いなる実りをもたらすことになるさ」

その言葉には、死にかかっている者とは思えない、厳かな響きがあった。

「けっ、アホらし」

男が毒づくいても、老人はかすかに微笑んだままだった。
その微笑みがいつまでも解けないことに気付いて――男はようやく、老人がたった今息を引き取ったのだと知った。
かわいそう、などという気持ちは沸いてこない。

ただ、疑問だった。

何故、この老人は微笑んだまま静かに死ねたのだろう。
男の知る死に顔は全て、生きることへの執着心をあらわにした、恐ろしい形相ばかりだった。

男は、じっと考え――老人の手に載せられたままの種を掴み取った。

それからしばらくの月日が経ち。

男がねぐらにしているところに、ぞろぞろと人間達がやってきた。
己が生きていくために必要なものを、力づくで奪い取る者達の群れである。
彼らは、集団で強奪を繰り返しては『分け前』と称して力関係によって物を配分していた。

男は、なけなしの財産を奪い取られた挙句、殴る蹴るの暴行を受けて、追い出された。
よろける足でどうにか歩きながら、時折、口の中に溢れてくる生暖かい血を吐き捨てた。

「カッハ! ッハ……ハァ……ッ……ハァ……」

吐き捨てた血の量は、口の中が切れた程度のものではない。
おそらく、内臓のどこかに深刻なダメージを負ったのだろう。
――男には死期が迫っていた。

つまらない瓦礫に足を取られて、ついに男は転倒する。
弱りきった体に走った激痛は、男の『生きる』という意思を簡単に壊すほどのものだった。

俺はこのまま、死ぬのだろうか。

男は、不意に思った。

走馬灯のように,、これまでのことが浮かぶ。

物心ついた時から、男は少しでも多く食うことばかり考えて歩きまわる日々を送っていた。
たまに出会う大人は、子供に優しくしてやるようなやつではなく、むしろ自分より弱い立場の子供を暴力で支配して利用したり、カスのカスになるまで搾り尽くして捨てるようなクズばかりだった。

男が他人をむやみに威圧する癖がついたのは、そういう大人達によって幾度も幾度も傷つけられてきたためだ。
これ以上傷つきたくないために、自分を守るために、相手を威圧し、遠ざけているのだ。
しかし、そのためにかつて嫌い抜いた大人に近い立場にいることに、彼は気付いていなかった。

嫌だ。
俺はこんな惨めな死に方なんてしたくない。
何か……この俺が、今、ここにいたという確かな証を残してから死にたい。

男の胸に、そんな思いが湧き上がる。

「クソッ! クソッ……!」

弱々しく、瓦礫を叩く。

何か、自分の名を残すような大きなことをしてから死にたい。
こんな、野良犬みたいな人生で終わりたくない。

悔し涙が、じわりと視界をにじませた。

せめて近くのコンクリートの壁に名前でも刻もうかと、石のかけらをつかんでよれよれの体を起こした時である。
ズボンのポケットに何かが入っていることに、男は気付いた。
手を突っ込んでみると、種が出てきた。

あの老人が、持っていた種だ。

男は、手の平の中におさまっている、なんとも頼りなげな存在を、ぼんやりと見つめた。
そして……おもむろに、コンクリートの破片や石ころをどかし始めた。
しばらく続けていると、地面が現れた。
男は、そこを手で掘り始めた。
手の爪の間に土が入りこみ、真っ黒になることもいとわず、男は穴を掘った。
何故か――土をかき分けている間、空腹も苛立ちも嘆きも、余計な感情は一切出てこなかった。

種を植えたことなど、一度もない。
やり方を教わったことも、ない。
だから、でたらめに穴を掘り、そこに種を置いて、そっと土をかけた。

眠る幼い子供に、そっと掛け布団をかけてやる親のような手つきで。

男は、奇妙なほど、落ちついて満たされた気持ちになった。
自分の名前が残ることをしたわけではない。
ただ、種を植えただけだ。
何の種かも知らないが。

それでも、男は満ち足りた気持ちだった。

かすれた視界の中で、男はもう一度、土をかけた場所をなでた。
そして――目を閉じ、深く呼吸をすると、男はそのまま、動かなくなった。

やがて、その地帯は雪に覆われた。

雪はいつまで経っても降り止まず、どんどん高く積もっていった。
時折、ほんの少しだけ太陽が顔を見せることもあったが、その一瞬の後には強烈な寒さが人々を襲った。
身動きの取れない者は凍え死に、動ける者はすっかり生活しづらくなったその地を捨てた。


それから、何年も、何十年も、何百年も……月日が流れた。

「こちら第二部隊、聞こえるか」
「どうだ、何か発見できたか?」
「成果はあがっていない。方向を変えて探索してみる」
「そうしてくれ」

その頃、変化があった。

暖かい南へと逃れることができたヒトの一部が、その地帯へと再び足を踏み入れたのである。
彼らは完全に冷気を遮断する防護服に身を包みながら、探索をしていた。
かつて瓦礫ばかりだったそこは、『滅びた文明が眠る場所』と噂されていた。
彼ら調査団は、その『滅びた文明』を調査し、今後自分達の生活に役立てられそうな部分があれば報告するのが仕事だった。

報告をしながら探索を進めていた彼らは、あるものを見てハッとした。
足を止め、息をするのも忘れて見上げる。

「……ああ……」

誰からともなく、感嘆のため息がこぼれる。

「どうした!? 何か発見したのか!」

耳元でうるさくがなり立てる無線の声に、隊長とおぼしき男はようやく、一言を返した。

「奇跡だ」

調査団が見たもの、それは真っ白い世界に、巨大なもみの木が乱立する様だった。
キラキラと光る雪の結晶をまとい、もみの木が森を形成していたのである。
探索をしていた彼らは、これほど多くの、巨大な木を見たことがなかった。

南に逃れたヒトは結局、地下に潜って、かつてより一歩も二歩も遅れた文明を保持した。
地下の中では一切植物は自生していない。
人間の食料としてのみ、わずかな植物が育てられている程度である。

『地上は滅んだ。動物はおろか、植物すら自生していないだろう』

地下に暮らす者達は、そう信じて疑わなかった。

「凄い……凄いぞ! 地上に、地上に植物がいる! 生きているものがいる!」
「何っ!?」
「もしかしたら俺達人類は、また地上で生活できるかもしれない!」

希望に満ちた声で、隊長とおぼしき男は報告をした。
それが地下に暮らす者達に与えた衝撃と希望は、計り知れない。
明るい日差しの下で暮らしたい。
それは、生物としての本能だから。

老人が男に託し、その男が『己が生きた証』として、最後の悪あがきのようにして地に埋めた種は、今ここに、確かに『未来への希望』という実を結んだのだった。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
クリスマス・サーガっていうんでしょうか。
時空遥かに広がるクリスマスの輪ですね!
壮大にして、希望に溢れる真摯な作品に酔いました。映像(映画)で見てみたい気がしました!
矢菱虎犇
2010/11/27 22:32
感想どうもです。
久々に読み返して「ながっ」とつぶやいていました。
映像ですかー。
そう言われて想像してみたら、隊長が何故かブルース・ウィリスで再現されましたよ。アルマゲドンかよ。

ラスト、本当は「クリスマスに敵同士が木の下で武器を捨ててお祝いした」というエピソードを取り入れたかったのです。
でも、その木はもみの木じゃなかったんだ……っ!
鈴藤 由愛
2010/11/28 09:22
すごーい!
まさに、今回のクリスマス競作にピッタリですね。しかも、よく見たら2006年製!
びっくりです。
ボクはこういう世紀末っぽいお話、好きなんですよ〜。
ヴァッキーノ
2010/11/28 10:05
感想どうもです。
古い作品でも可と聞いて、真っ先にこれが候補に挙がりました。
日の目を見ることができてうれしい限りです。
そういや、書いたの四年前なんだなあ(しみじみ)
世紀末な世界には、ロマンってやつですか、心ひかれる物がありますわねえ。
閑散とした都会のビル群とか、ボロっちい道路とか、素敵ですねえ。
ただ、世紀末と聞くと、ある年代の人間としては、ホワタタタタを思い浮かべがちですが。
ゆぁっしゃ!
鈴藤 由愛
2010/11/28 11:03
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