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zoom RSS 故郷に帰る

<<   作成日時 : 2006/12/19 23:26   >>

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平日の、ちょうどお昼ご飯を食べ終えるような時間帯。
田舎の鈍行列車の中は、ほとんど人がいなかった。
運行する側も、この時間帯は乗客が少ないことを知っているのだろう。
列車は、一両で運行していた。

「田舎じゃ、珍しくないことさ」

四人掛けの、いわゆる「ボックス席」と呼ばれている席に二人で向かい合って座り、父はそう言った。

――私達は、父の「故郷」に向かっていた。


少しばかり、事情を話さなければならない。

父はもともと、東北地方の山奥に住んでいた。
そこは本当に自然豊かで、のんびりとした時間が流れるところだったという。
しかし、父が十代半ばを過ぎたあたりに、国の政策とやらでダムの底に沈むことになった。
その頃父は両親を相次いで亡くし、世間のことなどよくわからないまま社会に放り出されていた。
そこへ来て、今度は住みかを追われたのである。
父は、生きていくために仕方なく都会に出てサラリーマンとなった。
そして母と出会い、私という娘をもうけた。
本当なら、山奥で自然に囲まれ、決して楽とはいえないだろうけど、それでも都会の冷たさのない生活をしていたはずなのに。

その父に、悪性の腫瘍が見つかったのは今年の春先のことだった。
すでに母は他界していたので、医師の宣告を受けたのは私一人だった。
医師は、父があと一年ほどしか生きられないだろうと告げた。

声も、出なかった。

その時私は、婚約まで予定していた恋人に浮気をされた挙句捨てられていて、精神的にツライ状態だった。
そこへ、父の余命の宣告である。

――涙が、止まらなかった。

子供のように、声を上げ、しゃくりあげ、私は思いきり泣いた。
父を失ったら、私は本当に孤独になってしまう。
そう思うと、余計に涙が止まらなかった。

それからというもの、私は、父に本当のことを告げようかどうかと迷いながら、入院している父の元に毎日足を運んだ。
それが何日続いたのだろう。
父はある日、おもむろに口を開いた。

「……故郷に帰りたいんだ……先生に頼んでくれないか」

父は、知っていた。
自分の病状と、余命を。
私は、また泣いた。
ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返しながら。

医師は「父を故郷に連れていきたい」という私の申し出を、承諾してくれた。
「どうか、お父様には思い切り、やりたいようにさせてあげてください」とも付け足して。

そして、今。
こうして、父と二人で鈍行列車に揺られている。

新幹線に乗り、列車を乗り継ぎ、父の故郷に最寄りの駅まで辿りつくと、そこからは、二時間に一本という恐るべき頻度の町内バスに乗った。
マイクロバスをそのまま使用した町内バスは、ところどころヒビ割れたアスファルトの上を揺れながら進み、そして――ダムの前に到着した。

排気ガスを残して去っていくバスを、私はしばらく見送った後、くるりとダムの方を向いた。
バスが止まったのは、ダムの前にある小さな広場。
柵の向こうに、巨大な湖のようなダムが見える。
私は、父を支えながら、柵に近寄った。
じっと水面を見つめてみるけれど、底に沈んでいるはずのものは、何一つ見えなかった。
この膨大な水の下に、父の故郷があるはずなのに。

「……お父さん、ここが、故郷なんでしょう?」

少し感傷にひたりながら私が尋ねると、父は少し考え込んでいた。

「……ここは、ちょっと違うんだ」
「え?」
「ついて来なさい。私の本当の故郷を教えてあげよう」

杖をつきながら、父はゆっくりとした足取りで歩き出す。
私は、慌てて駆け寄って、父の体を支えながら歩いた。

父は、ダムの脇を進み、やがて下へと降りる道をたどると、唐突に置いてあった細長い石の前に立ち、そっと石に触れた。
すると、目の前の土壁に、ぽっかりと洞窟が現れた。

「こんなところがあるんだ……」
「私と同じ出身の者なら、誰でも知っていることだよ。お前も、よく覚えておきなさい」
「お父さん……?」

私は、戸惑った。
どうして父はそんなことを言うのだろう?
私がこの地に足を踏み入れることは、きっと、もう、ない。
ここは父の故郷なのだ。
父にとって、侵されざる思い出の地だ。
そこを、いくら娘とはいえ、私が一人で足を踏み入れても良い場所とは思えない。

「この向こうが、私の本当の故郷なんだ。私が、ありのままの姿でいても咎めのない場所……」

――気がつくと、私は一面のススキの中にいた。
右を見ても、左を見ても、後ろを見ても、ススキしか見えない。
どこからか風が吹くたびに、ざざあ……っと、乾いた音を立てて波が起きた。

「お父さん、ここって……!」

不安になって父の姿を探すと、父はほんの少し離れた位置にいた。
どこか遠くを見つめるような目で、ぼんやりと空を見上げている。

次の瞬間、私は目を疑った。
父の体が、ぐにゃりと歪んで見えたのだ。

「お、お父さんっ」

ぐにゃりと歪んで見えた父は、しゅるしゅると小さくなっていきー―やがて、灰色の狐に変わった。

――今まで黙っていてすまなかった。私は、本当は人間ではないのだ。住んでいた野山が開発で住めなくなって、人里に降りた……狐、なんだよ。

父が、狐。

不思議と、恐怖や不気味さは感じなかった。
すんなりと、私は目の前の出来事を受け入れていた。

「ううん……ちょっとびっくりしたけど、でも……怖くないわ。自分でも不思議だけど……」

――そうか。

私が微笑んでみせると、灰色の狐――父は、目元を緩めた。
狐の表情なんてよくわからないのに、今は何故か人間の表情を読むかのようによくわかった。

――お前も、来るか。

父の言葉に、私は目を丸くした。

「え……?」

――人間の男に裏切られて、身を切るような思いをしたんだろう。そんなに辛いのなら、一緒に来なさい。向こうでなら、裏切るような奴はいないよ。

私は……首を横に振った。

「最後の思い出が、失恋の思い出なんて嫌よ。いい思い出ができたら、来るわ」

――そうか。しっかりやりなさい。

父は、ガサリとススキの中に飛び込んでいった。
ススキをかき分けて進む、ガサガサという音が、だんだん遠ざかっていく。
私は、くるりと背を向けた。
悲しくて、寂しいけれど、どこか安らぐような……そんな気分とともに。

――目の前で、ススキが一本、風に吹かれて揺れていた。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
読ませていただきました。
意外な展開で面白かったです。爽やかな儚げななんとも言えない余韻もあっていいですね。
疑問が一つ。季節はいつでしょうか。私は秋のススキの原を思い浮かべたのですが、強烈な日差しという描写もあるので夏ですか。

ブログを最初の方から読ませてもらっています。こんな以前から続けていらっしゃることに関心しました。ではまた。
火消茶腕
2013/12/16 13:02
感想ありがとうございます。
まさかこんな昔の作品に目を通していただけるとは!

季節は特に限定してはいないのですが、言われてみると確かにススキは秋の代名詞ですし、秋を連想させるものですね。
暗い洞窟にまぶしい光が差し込んだ感じをイメージして描写したんですが、秋の日差しなら強烈ってのはおかしい……こっそり直しておきますか。

ブログを始めてもう七年ほどになります。
しかし、まったくレベルアップしている感じがしない……。

よろしければまたお暇なときにいらして下さい。
鈴藤 由愛
2013/12/16 20:03
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