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<<   作成日時 : 2006/09/03 15:28   >>

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俺の趣味は、ドライブだ。
好きな音楽をガンガンかけてハンドルを握っていると、会社での嫌なことなんかすっ飛んでしまう。
久々に取れた休みの日、俺はいつものようにドライブに出かけた。

しかし、その日のドライブは、ボゴン、という妙な物音によって強制終了させられる羽目になった。
でたらめに道を選んで走行していた時に、その音を合図にいきなりハンドルが重くなったのだ。
これはヤバイ、と思った俺は、ゆっくりとブレーキを踏んで路肩に車を停めた。
おそるおそる外へ出てみると、右前のタイヤが妙にたわんでいるのに気付いた。
足で押してみると、柔らかい。
……パンクだ。
俺は、思わず天を仰いだ。

車通りのほとんどない……というか、ここに入ってから一度も対向車を見ていないような山道で、パンクだなんて。
あいにく、俺はスペアのタイヤなんか積んでない。
すがる気持ちで携帯を取り出してみたが、液晶には「圏外」という無情な2文字。
こうなったら仕方ない。民家を探して、電話を借りよう。
しかし、民家ってどこにあるんだろう。
歩きながら探さなきゃいけないんだなぁ。
見つからなかったら野宿かなぁ。
明日、仕事なのになぁ。
すっかり打ちのめされた気持ちで歩こうとした時、

「どうかしましたか?」

中年の男に声をかけられた。
メガネをかけた、妙にくたびれた感じのする人だった。
おとなしそうなのだが、頬がげそりと削げていて、不精ひげが貼りついている。

「あの……車、パンクしちゃって」

俺が苦笑いすると、男は「あぁ……」と納得したようにうなづき、しゃがみこんで右前のタイヤをいじくり始めた。

「大変だ。これじゃ走れない」
「ですよね……ここ、携帯も繋がらないし。どこかで電話借りようかと思って」
「あ、スペアのタイヤは積んでなかったんですか」
「ええ……」

この辺に公衆電話か民家ありませんでしたかね? と俺が聞こうとすると、

「ちょっと待っててください」

男は、スタスタとどこかに行ってしまった。
ほどなく戻ってきた男は、タイヤを一本抱えていた。

「これ、使ってください。車種は一緒ですから、サイズも大丈夫ですよ」

置いたタイヤをパンパン、と男は叩いた。

「ええっ!!」

俺は目を丸くした。

「そ、そんな、悪いですよ」
「遠慮しないでください。もう必要ないものですから」
「だからって……」

タイヤは高い。
社会人一年生の時、4本まとめての値段だと思っていたら1本の値段だったと知って愕然としたことがある。
それを、惜しげもなく行きずりの他人にやってしまうなんて。
しかも、結構新しいものなのに。

「いいんです、いいんです。困った時はお互い様ですよ」

男は、人の良さそうな……でも少し弱々しい笑顔を浮かべている。
なんて良い人だろう。
俺はすっかり感激した。

その後、タイヤの交換作業まで彼は手伝ってくれた。
恥ずかしながら、俺はタイヤ交換をしたことがないのだ。
いつもガソリンスタンドでやってもらっているから。

彼は車体をジャッキで持ち上げ、タイヤを交換してくれた。

「古いタイヤは、後でガソリンスタンドかどこかできちんと処分してもらってくださいね。その辺に捨てちゃ駄目ですよ」
「ありがとうございます、本当に助かりました!」

パンクしたタイヤをトランクに入れた俺は、何度も頭を下げた。

「いえ……あの、本当に気にしないでください。そうそう、この道をひたすらまっすぐ行けば、そのうち街に着きますから」
「はい、ありがとうございますっ」

男はそう言うと、すたすたと向こうに歩いていった。
道案内までしてくれた、ってことは、この辺の人だろうか。
世の中、こんな親切な人がいるんだな。
俺は、心の奥底がじんわりと柔らかく暖かくなるのを感じながらハンドルを握っていた。

次の日は、泣いても笑っても出勤の日だった。
早起きしたせいで泥のような意識を引きずりながら、俺は会社へ向かった。
普段の通勤には車じゃなくて電車を使っている。
毎日眠くて辛いので、マイカー通勤だと事故を起こしそうだからだ。
……ま、ガソリン代が心配なせいでもある。

会社に着くと、隣のデスクの同僚が俺の肩を叩いた。

「ニュース見たか、おい」
「見てねぇよ」

俺はカバンを置き、椅子に腰掛ける。
こいつは実家暮らしで家事をしなくてもいいから、朝のニュースを見ていられるのだ。
一人暮しの俺は、悠長に朝のニュースなんか見ていられない。

「あのな、昨日の夜、一家心中があったんだってよ」
「へぇ、どこで」

なんというか、最近こういう話が本当に多い。

「近くの山の中だよ。通りがかった人が見つけたんだってさ。ひどかったらしいぜ〜……」

近くの山、というと、俺が昨日ドライブで通りかかった、あの山だ。
親切な人に助けてもらったのと同じ場所で、そんなことがあったなんて。
俺は顔をしかめた。

「車が燃えてたんだってさ。中にはお母さんと二人の子供が乗ってて、警察が言うには、どうも父親が奥さんと子供を殺した後に火をつけたらしいんだと」
「……それで、父親は?」
「父親の方は近くの木で首を吊って死んでたって。遺書がズボンのポケットにあった」
「一家心中の理由、書いてあったのか?」
「ああ。整備工場を経営してたんだけど、知り合いの借金の連帯保証人になっちまって、そしたら知り合いがバックレちまって、死に物狂いで頑張ったけど借金が返せなくて、一家心中したんだそうだ」
「うわあ……」

他人の借金を押しつけられた上に一家心中なんて、悲惨過ぎる。
俺は、その父親と家族に同情していた。

「それで、な」

同僚が、声をひそめた。

「車のタイヤが一つ、なくなってるんだと。右前のタイヤなんだけど……変な話だよな。これから一家心中をしようっていう時に、タイヤを一つだけ外したりするもんかね……」


俺は、腰掛けていた椅子から落ちた。

なくなった、右前のタイヤ。
昨日の俺。
パンクしたタイヤ。
親切なあの中年男。

―― 『遠慮しないでください。もう必要ないものですから』 ――

中年男は、確かにそう言っていた。
あれは……そういう意味だったのか!?


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